中国河南省と山西省の史跡を巡る4 平遥古城を歩き回る

2025年9月9日(火) 4日目

平遥古城の朝

昨日は、二ヶ所を観光した上に長距離移動と、なかなかタイトなスケジュールで動き回って疲れたこともあり、寝床に入ってからは一度も目が覚めることなく朝まで爆睡でした。今日からは余裕のある日程を組んでいるので、ペースを落としてじっくり観光したいと思います。

平遥古城は、標高約700mの太原盆地の南端に位置し、典型的な盆地の気候となっており、日中は暑いものの、朝夕は一気に温度が下がって過ごしやすくなりました。天気予報によると、しばらくは晴天が続きそうなので古城を歩き回るには絶好の日和となりました。

今朝の中庭は、物音1つしない静けさも相まって、昨晩のライトアップした景観とはまた違った良さがありました。

◆旅館の中庭

pingyao dumenjiadikezhan courtyard morning

7時半を過ぎたので、地下1階にある食堂に向かいます。地下に続く階段前には、大人しそうな1匹の犬が座っていました。オーナーの家族が飼っている犬で、名前は「ドゥドゥ」と言います。本当に大人しい犬で、見知らぬ私を見ても身動き一つせず、音を発することもなく、ひたすらじーっと座っていました。日中は、旅館の周りをちょこちょこ歩き回っていたりと、マイペースに動き回っている様子が大変可愛らしかったです。

◆ドゥドゥ

pingyao dumenjiadikezhan dudu1

今朝はオーナーの姿は見当たらず、食堂に降りると、オーナーのお母さんと妹さん?が食事の準備をしているところでした。挨拶をすると、お茶とコーヒーどちらが良いか聞かれたので、お茶を頂きます。この旅館は外国人の利用者が多いので、需要があるのでしょうか、コーヒーメーカーが置いてありました。食堂は古民家の1室という感じで、テーブルが4つあり、隅の方にはお供えのスペースがありました。壁に掛けてある掛け軸は、三国志でお馴染みの「関羽」の絵だと思いますが、中国では商売の神様としても崇拝されており、どこに行っても目にします。ちなみに、関羽は山西省に縁のある人物で、出身地は現在の「山西省運城市」、平遥古城からは約300km南に行ったところにあります。

◆地下1階食堂

pingyao dumenjiadikezhan restaurant1

pingyao dumenjiadikezhan restaurant2

お母さん手作りの朝食は、如何にも地元の料理という印象で、野菜を使った料理が多く、味付けは私好みの薄味で、いずれも美味しく頂けました。昨晩は重めの夕食を食べたこともあり、このような素朴な食事が丁度良かったです。

私の少し後に、はるばるポーランドから来ている若い男性が降りて来ました。英語が通じたので、少し会話をしたのですが、北京を観光してから平遥古城でも滞在し、今日はこれから西安に向かうようでした。

◆朝食

pingyao dumenjiadikezhan breakfast 1st

部屋に戻った後は、日本から持ってきたドリップコーヒーを入れて、中庭を眺めながらくつろいでいました。この旅館は10部屋ぐらいはあるのですが、昨晩私以外に宿泊したのは、先ほどのポーランドの男性のみ、そのポーランド男性はさっさとチェックアウトしてしまったので、旅館内は終始静かで、この日は1人で旅館内を占有できたので非常に快適でした。

平遥古城を散策する

平遥古城について

平遥古城の歴史は、古くは紀元前まで遡り、周の宣王(紀元前827~782年)の治世に建設が始まりました。現存する城壁は明の時代に築かれたものが基礎となり、以後清代にかけて修繕を重ね、現在のような堅固で壮観な城壁となりました。この時代は、地理的な利便性から晋商と呼ばれる山西商人の拠点となり、中国の金融の中心地として栄えました。清代末期は動乱により没落し、20世紀後半は貧国地域になってしまいますが、結果として大規模な再開発が行われず、明代から清代にかけての街並みがそのまま保存されることに繋がりました。古城の保存状態は極めて良く、中国に現存する古城の中でも最も完全な形を留めています。1997年、平遥古城は、周囲の双林寺、鎮国寺と共に世界遺産に登録され、中国の5A級観光地にもなっています。

平遥古城の観光について

平遥古城は全長約6.4kmと広く、全域に渡って見どころが点在しています。平遥古城自体の入場料は無料ですが、古城内にある22ヶ所の観光施設に入るためには、共通チケットを購入する必要があります。チケットは購入した日から3日間有効です。料金は125元(約2,600円)と決して安くはないため、時間が無ければ、無理してチケットを購入しなくても、古城内をウロウロするだけでも十分に楽しめます。私は時間に余裕があり、全施設を回れたので十分、というかお釣りが来るぐらいは楽しめました。ただし、同じような施設が多く、正直、主要施設だけ回れば十分だと感じました。チケットはWeChatやTrip.comで購入可能ですが、紙のチケットが欲しかったこともありチケットオフィスで購入しました。

朝食後は、地図を眺めて今日の計画を立てたりしながらゆっくり過ごし、9時近くになったので旅館を出ます。チケットオフィスは、北大街と西大街が交わるT字路の角にあります(下記観光マップの②の斜め向かいあたり)。お店が並ぶ建物の1角にあり、大きな目印も無く控えめに営業していたので、一見どこにチケットオフィスがあるのか分かりませんでした。電動バイクやカートが並んでいる場所が目印です。近くには大勢のガイドさんも待機していました。

◆チケットオフィス

pingyaogucheng ticket office

◆チケット

pingyaogucheng ticket

平遥古城はほぼ正方形の城壁に囲まれており、南北に1つ、東西に2つずつ城門があります。市楼のある南大街がメインストリートとなります。

◆平遥古城観光マップ

pingyaogucheng ticket map

今日は22ヶ所の施設のうち、16ヶ所を見学したのですが、印象に残った施設をピックアップして紹介していきます。

日昇昌(日升昌)

山西省が中国の経済と金融の中心地だったことを象徴する歴史的に重要な建物です。

「日昇昌(日升昌)」は中国で初の票号(銀行)であり、清代の1823年に設立されました。1世紀に渡る波乱万丈と栄華、輝かしい実績を誇り、金融界の頂点に君臨しました。30以上の都市と主要な商業港に支店を構え、ヨーロッパ、アメリカ、東南アジアといった国々にも業務を展開しました。日昇昌の誕生は、中国国内の資金の流れを円滑にし、資本回転率を加速させ、近代中国の産業発展に大きく貢献しました。

山西省の商人が晋商と呼ばれたのは先述の通りですが、なぜここまで大きく栄えたかというと、山西省が鉄の産地であったこと、北方民族との交易の拠点になっていたこと、塩の専売の利権を得たこと、同郷出身者の結束と努力、金融業への特化などが挙げられます。

入口では、QRコードを読み取り機にかざして通過します。ゲート近くにはスタッフが常駐しており、適宜フォローしてくれます。人気のない施設だと、明らかに皆さん暇そうで、手持無沙汰にしている様子が伺えました。

◆日昇昌入口

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日昇昌を始めとして、多くの建物が奥行の長い間取りとなっています。

◆日昇昌の間取り

pingyao gucheng rishengchangji map

◆窓口

pingyao gucheng rishengchangji inside1

宿泊している旅館と同様、中央に中庭を配し、これを囲むように4つの建物が配置される「四合院」という伝統的な建築様式が各所に見られます。中庭の造りが、それぞれ独自のものとなっており、個性の出ている場所でもあります。

◆中庭

pingyao gucheng rishengchangji inside2

◆日昇昌の中の様子

pingyao gucheng rishengchangji inside3

pingyao gucheng rishengchangji inside4

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この後、汇武林、蔚泰厚、古民居、商会、华北第一镖局、蔚盛长、天吉祥を続けて見学しましたが、同じような建物ばかりだったので、詳細は省略します(観光マップの③~⑦、⑨、⑩)。

清虚観(清虚观)、下東門(下东门)

この後、旅館に戻る前に東門の方にも行ってみました。東大街は、昨晩から何度か通っているのですが、中心部から離れるにつれて、昔の面影が残る古い街並みが残っています。ご高齢の方々が多く住んでいるようで、表で談笑したり碁を囲んでいたりと、日常風景が垣間見れます。たまに、明らかに障害者っぽい子供がポツンと1人佇んでいたりと(放置されていたりと)、負の側面も見えました。

◆東大街

pingyaogucheng dongdajie morning1

こちらは旅館前の通りの景観です。古いレンガが積まれた民家が並んでおり、何もない殺風景な通りですが、これが何ともいえない良さがあり、個人的には気にいった景観です。写真の中に、小さく写っているのが子犬のドゥドゥです。この時も、1匹チョロチョロと可愛らしく動き回っていました。声を掛けても全く反応しない、徹底したマイペースっぷりも健在です。

◆旅館近くの景観

pingyaogucheng street near hotel

東門の少し手前に「清虚観(清虚观)」という古城内で最大規模の道教寺院があります。共通チケットで入場対象となっている施設です。

少し離れた場所にあるので、電動カートで来ている観光客がチラホラいました。

唐の高宗の時代(657年)に建立され、当時は太平観と呼ばれていたそうです。その後、何度かの改称を経て、清代に現在の名前に落ち着きます。

◆清虚観(清虚观)入口

pingyaogucheng qingxuguan entrance

入場ゲートの先にある「龍虎殿(龙虎殿)」は、現存する少ない元代の建築物で、700年以上の歴史があります。両脇には守護神の青龍と白虎像を配し、威厳と力強さが伝わってきます。龍虎殿を始めとして、敷地内は当時の面影を残した建物が多く、見応えがありました。

◆龍虎殿(龙虎殿)

pingyaogucheng qingxuguan longhudian front

◆青龍と白虎像

pingyaogucheng qingxuguan longhudian qinglong

pingyaogucheng qingxuguan longhudian baihu

龍虎殿の奥には「純陽宮(纯阳宫)」があり、これに隣接してすぐ奥に「三清殿」がありました。純陽宮は、清代の建築の創意工夫が凝らされた傑作と紹介されていました。三清殿の中には、道教の最高神である三清の像が祀られていました。

◆純陽宮(纯阳宫)

pingyaogucheng qingxuguan chunyanggong front

三清とは、具体的には「元始天尊」、「霊宝天尊」、「道徳天尊」のことを言います。

◆三清の像

pingyaogucheng qingxuguan sanqingdian inside

清虚観から少し東に行くと「下東門」です。下東門は別名「秦韓門(亲翰门)」と呼ばれています。下東門は、高鉄の平遥古城駅、在来線の平遥駅から遠いこともあり、観光客が出入りしている様子は無く、専ら地元の方々が普段の生活のために使っているようです。保安検査用のレーンはあるのですが、実施しておらず、スタッフは暇そうにしていました。

◆下東門(下东门)

pingyaogucheng xiadongmen outside front

この時点で時刻は10時半過ぎ、約1時間半歩き回ったところで、疲れて腰も痛くなってきたので、一旦旅館に戻りました。

平遥県衙(平遥县衙)

旅館に戻ると、年配の女性が1人で清掃作業をしているだけで、あとは誰もおらずひっそりとしていました。先ほどの年配女性、私は中庭のテーブルに座って休憩していたのですが、私が外国人と分かってからも、ちょくちょく中国語で話しかけてくる人見知りのしない愛嬌のあるおばあさんでした。

しばらく休憩した後は、古城の南側にある観光施設を回りました。朝少し歩き回ってきたこともあり、古城内の地理感覚も掴めてきて、俄然気分が乗ってきます。古城内は大小の通りが碁盤の目のように整備されているので、旅館前の通りを南下するのが一番近道ですが、大通りの南大街の景観を眺めなら歩くことにしました。ちなみに、古城の中心部、バリケードで区切られた範囲内は乗り物の出入りが禁止ですが、外側の区域は、電動バイクや観光用の電動カートがひっきりなしに移動しています。古城は東西、南北、それぞれ約1.5kmとなかなかの距離があるので、電動カートで移動する観光客が大勢いました。カートは主要観光施設近くに乗り場があり、降りる場所は自由で、料金は1回につき10元です。

南大街を南下すると、間もなくして、昨晩も見た「市楼」が見えてきました。南大街にある平遥古城のシンボルである「市楼」は、「金井楼」の愛称でも知られています。当初の建設時期は不明で、清朝康熙帝の時代に再建され、以後何度も修復が重ねられました。古城に唯一存在する、楼閣式の高層建築です。

日本人の方が書いたブログにもあったのですが、市楼がある南大街は、数年以上前の写真で見たものに比べると、観光地化が進んでしまった印象があります。先述した通り、少し歩いて中心部から離れると昔の面影が残っている場所は沢山あるのですが、ツアーなどの短時間の滞在だと、これらを見る余裕はなく、物足りなさを感じるのも不思議ではありません。

◆市楼

pingyaogucheng shilow far daytime

pingyaogucheng shilow near daytime

南大街から衙门街に曲がり、西に向かって歩くと「聴雨楼」が見えてきて、これを通り抜けると県政府の役所が置かれた「平遥県衙」があります。

◆聴雨楼(听雨楼)

pingyaogucheng tingyulou front near

■11:50 平遥県衙到着

平遥は、かつては「古陶」や「平陶」と呼ばれていましたが、北魏の時代に「平遥県」に改称され現在に至ります。県衙は、この北魏の時代に建設が始まり、元、明、清の時代を経て完成しました。現存する最古の建築物は元の1346年まで遡り、600年以上の歴史があります。県衙の建物は、南向き(「坐北朝南」と言います。)、中心軸に対して対称になるように配置されています。南北軸は200m以上、東西軸は100m以上の規模を誇ります。

入口の向かいには壁があったのを記憶しているのですが、これは地元の慣習に従って建てられたもので「照壁」と名前がついており、照壁の南側の通りはこれに由来して「照壁南街」と言うそうです。

◆平遥県衙入口

pingyaogucheng xianya entrance

2番目の門は「儀門(仪门)」と言います。明朝の万暦帝の時代1619年に建てられた門で、普段は閉門されており、知事の任命など厳粛な儀式が執り行われる時のみ開かれました。門の両側には扉があり、東側(人門)が通常使用され、西側は「鬼門」または「九門」と呼ばれ、囚人や死刑囚の処刑場への護送時のみ使われました。

◆儀門(仪门)

pingyaogucheng xianya yimen front

県衙で一番重要な建物である「大堂」では、殺人事件を含む県内のあらゆる重大事件が審理されました。中国の歴史ドラマを見ていると、県知事が真ん中に座り、両脇に長い棒を持った6人の官吏が出てくるワンシーンがありますが、あれと同じような裁判のパフォーマンスが毎日行われているようです。

◆大堂

pingyaogucheng xianya datang front

◆大堂の中

pingyaogucheng xianya datang inside1

なぜここにあるのか理由は分かりませんでしたが、清代の皇帝服が展示されていました。

◆皇帝服

pingyaogucheng xianya datang inside2

後から地図を確認すると、大堂の奥にもさらに建物や庭園などがあったのですが、この時は見逃してしまいました。

大堂から西に移動すると、処刑場と思われる広場のような空間がありました。その隣には牢獄がありました。

◆中庭

pingyaogucheng xianya datang courtyard

牢獄は小綺麗過ぎて、本物っぽさを全く感じませんでした。

◆牢獄(牢狱)

pingyaogucheng xianya laoyu entrance

pingyaogucheng xianya laoyu inside1

pingyaogucheng xianya laoyu inside2

南門(迎薫門)

県衙から出た後は、南西にある「雷履泰故居(観光マップ⑱)」を見て、南門に向かいます。この時間になると、気温は30℃近くまで上がり、大分暑くなってきました。

■12:35 南門到着

平遥古城は南北に1つずつ、東西に2つずつの城門を構えていますが、これが亀の形状に似ていることから、「亀城」とも呼ばれています。南門が頭、東西の城門が足、北門が尾に相当します。

南門は平遥古城の正門であり、「迎薫門(迎薰门)」とも呼ばれます。迎薫は詩歌などで使われる表現で、夕暮れ時を意味し、吉兆、繁栄、大きな喜びを暗示する縁起の良い言葉です。下東門にも別称(亲翰门)がありましたが、他の全ての門にも付けられており、いずれも深い意味を持っています。別称の由来を調べていると、聞いたこともないような書籍名や詩句名などが登場して、中国文化の幅の広さと深さを感じます。

◆南門(迎薫門)

pingyaogucheng yingxunmen inside front

北門と南門からは城壁の上に登ることができるのですが、若干疲れていたこともあり、明日以降に持ち越しました。南門から出て外側の景観だけ見ることにしました。南門の前には大きな広場あり、こちらでは毎晩21時からライトショー(灯光秀)を開催しています。ただし、注意点が1つあって、旅館のオーナーから教えてもらったのですが、20時を過ぎると南門が閉門されてしまうので、ライトショーを見た後は、遠回りして上東門などから戻る必要があります。平遥古城滞在中は、行くチャンスはあったのですが、真っ暗な中長い距離を歩く気分にはならず、そもそも21時という時間帯がオッサンの私には微妙に遅く、さらに言うと、ライトアップの類は何回も見ているので、さすがにお腹いっぱいになっていることもあって、結局行かず仕舞いでした。

◆南門(迎薫門)の外側の景観

pingyaogucheng yingxunmen outside front

南側の城壁の様子です。城壁の高さは6~10m、周囲には堀が巡らされています。城壁は見事なほど綺麗に修復されてしまったおり、当時の様子が残っている場所はありませんでした。

◆南側の城壁

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平遥文廟(文庙)

平遥文廟は古城の南東の端、文廟街(文庙街)にあります。この辺りの通りは、まだ再開発の手が届いておらず、風情のある街並みが残っていました。古城内に住んでいる人の数は1万とか2万とか言われているのですが、古城のどの場所に住んでいるかによっても歴然とした格差があるんだろうなとふと思いました。

南門から東南門斗街を東に進むと文廟街となり、すぐ平遥文廟となります。

◆東南門斗街(东南门斗街)

pingyaogucheng dongnanmendoujie

■12:45 平遥文廟到着

文廟とは孔子を祀る廟です。孔子廟とも言われています。中国に現存する孔子廟の中で最も古く、唯一現存する金代の建築物となります。

北側からも入れるのですが、南側から入るのが順路のようです。建物は中軸線にそって一直線に並んでいます。

◆櫺星門(棂星门)

pingyaowenmiao lingxingmen

◆大成門(大成门)

pingyaowenmiao dachengmen

文廟は平遥古城内でも最大の敷地を誇る観光名所となっており、中央の廟区と東西の学院宮から成ります。

美しい中庭を囲むように、正面に大成殿、両側に東楼、西楼があります。両翼の建物には72人の賢者の像が祀られています。大成殿にある15体の主像と合わせると、合計87体の聖像が安置され、中国でも最大規模を誇ります。

◆大成殿

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◆賢者の像

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大成殿の中は孔子像などが祀られていましたが、こちらは撮影禁止でした。

◆龍門

pingyaowenmiao longmen

◆明倫殿(明伦堂)

pingyaowenmiao mingluntang front

◆孔子の肖像画

pingyaowenmiao mingluntang konzi portrait

明倫殿の後ろには、潮山書院と呼ばれる場所があり、こちらでは現在科挙博物館として各種資料を展示していました。

◆潮山書院(超山书院)入口

pingyaowenmiao chaoshanshuyuan entrance

正面の建物は「敬一亭」と呼ばれています。

◆潮山書院(超山书院)

pingyaowenmiao chaoshanshuyuan courtyard

城隍廟(城隍庙)

文廟の北側から出ると、「城隍廟街」となり、東に少し行って所に「城隍神」を祀る「城隍廟(城隍庙)」があります。城隍神は、漢民族の宗教文化において広く信仰されている重要な神様です。由緒ある歴史と文化に彩られた道教寺院であり、平遥県衙と東西対称の位置関係にあります。創建時期は不明で、明朝の洪武帝の時代に再建されました。

◆山門

chenghuangmiao entrance

◆劇場(戏楼)

劇場は音楽楼、舞楼とも呼ばれ、中央の楼閣(舞台)の下が正殿に続く回廊となっており、両脇には鐘楼と鼓楼を配置しています。これまで見たことがないような、面白い構造の建物でした。

◆劇場正面

chenghuangmiao xilou front

◆劇場背面

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手前の献殿に隣接して奥に正殿(城隍殿)があります。

◆献殿と正殿

chenghuangmiao xilou xiandian

暑さがピークとなり、歩き疲れたこともあって、一旦旅館に戻って休憩しました。そろそろ電動カートを使って戻りたい気分になって来ましたが、こういう時に限って、近くに乗り場が見つからないんですよね。結局、歩いて帰りました。

馬家大院(马家大院)

旅館に戻った後は、軽めの昼食休憩を取り、13時半過ぎ、午後は北側にある観光施設を回ります。まずは、旅館から約500m歩いて古城の北東にある「馬家大院」へ向かいました。この辺りの道路は細く、開発が後回しになっているのが見受けられます。大した距離がないのにも関わらず、途中の通りは見通しが悪く、地図アプリを片手に移動しましたが、あまりにも人影がなくて、本当に馬家大院があるのか不安になりました。

馬家大院は平遥四大豪商の首位に立つ、清代の巨商「馬中選(马中选)」の旧邸宅で、古城内で最大の屋敷となります。屋敷を俯瞰して見ると、「馬」の字を思わせる間取りをしており、馬氏の成功と躍進を象徴してます。

山西省には多くの山西商人の邸宅があり、一番有名なのは映画にも使われた「喬家大院(乔家大院)」です。山西省を観光した日本人のブログを拝見したのですが、喬家大院は、知名度ほどの見応えはなく、混雑しているだけなので、馬家大院や王家大院に行くだけで十分だったと書かれていたので、これに習い、今回の旅行では馬家大院と王家大院を観光する予定でした。なお、喬家大院は、ここから北東に約40kmの位置にあり、省都の太原市から平遥古城への移動の途中にあることも、人気の一因になっていそうです。

大邸宅にしては、奥まった場所にあり、雑な造りの通りというか路地を進むと入口の門楼があります。3階建ての建物で、喬家大院の門楼より高く堂々としていると説明されていました。

◆門楼(门楼)

majiadayuan menlow far

邸宅はかなりの奥行で、高さもあり、馬氏が所有していた名品の数々が展示されていたりと、大変見応えがあったのですが、ちょっとした迷路のような造りとなっていて、同じような構造の部屋が多く、後から見直すと、自分はどのルートで見学していたのかさっぱり分かりません。解説によると、3つの大中庭、197棟の住宅から構成されているようです。午前中見学したどの建物に比べても圧倒的に広く、馬氏がどれだけ成功した商人だったかは理解できました。

◆馬家大院間取り

majiadayuan map

◆中庭

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私の記録の取り方が間違っていなければ、次の写真は三太太と呼ばれる、3番目の妻の部屋です。いくつかの部屋は、このように他の部屋に比べて広く、家具も豪華なものが取り揃えられていて、屋敷内の厳格な序列や格差が伺えます。

◆三太太の部屋

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屋敷は、複数の大きな建物から構成されているようで、建物と建物の間にはこのような細い通路がありました。

◆通路

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◆どこかの住居跡

majiadayuan courtyard2

屋敷には楼閣のような高層の建物もありました。見晴らし台も何ヵ所かに点在しており、これらは高層の通路で繋がっています。この通路からの景観もなかなか良くて、馬家大院の面白さは、奥行よりもこの高さにあると実感しました。

◆楼閣

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◆見晴台

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見晴らし台からは周囲が見通せて非常に景観が良く、遠くには古城の北門が見えました。周囲の建物が一様に2階建て程度の高さに収まっているのに対して、馬家大院だけ文字通り頭1つ抜きんでており、馬家の財力と古城内で確立していた地位の高さが伺えます。

◆見晴台からの景観

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評判通り、馬家大院は大変見応えがありました。アクセスが若干悪い場所にあるため、時間がない方は電動カートで来ることをお勧めします。

平遥古城の北側の施設を回る

馬家大院の見学後は、次郎廟(二郎庙)、古兵器博物館を訪問しました。次郎廟は北大街の中ほど、古兵器博物館は西大街の下西門(鳳儀門)近くにあります。この2つの施設については、特筆すべきものはなく、時間が無ければパスしても問題ないと思います。朝から小刻みに歩いていたので、これらを合わせるとかれこれ10km以上は歩いたことになり、さすがに体力と気力が尽きました。丁度区切りも良いので、16ヶ所の施設を見学したところで今日は終了とし、残りは明日に見学します。旅館への帰り道、西大街を歩いていると、月餅を売っているお店があったので、おやつ代わりにいくつか購入しました。年配の女性が1人切り盛りしているお店で、1つ2~3元(約42~63円)で売っていました。月餅と一口に言っても、沢山の種類の月餅が売られており、オススメしてもらったものなど合わせて4つほど購入して、料金は合計で12元(約252円)でした。観光地化が進んでいる平遥古城ではありますが、競争過多な面もあるのか、物価は全般的に安い印象です。

◆手工月餅

pingyaogucheng shougongyuebing exterior

月餅のお店から歩いてすぐのところに、丁度良さそうなカフェを見つけたので休憩していきました。この時間帯、欧米からの団体ツアーの観光客を見かけていたのですが、その方々が皆さんお店の中でくつろいでいました。店内は外国人ばかりで、中国っぽさが全くありません。

看板商品はお店の名前にもなっている、ほんのりと塩味の効いた「海岩咖啡」ですが、普通のコーヒーが飲みたかったので、カフェラテを頂きました。Alipayの決済が上手くいかず、結局マニュアルで処理してもらいます。料金は27元(約570円)でした。

◆海岩咖啡(SEAROCKS coffee)

pingyaogucheng searocks coffee exterior

店内では先ほど買った月餅とカフェラテでしばらく休憩して旅館に戻りました。

◆月餅とカフェラテ

pingyaogucheng searockscoffee inside

近場の「早点小吃」で夕食

旅館が下東門近くなので、中心部に行く時は東大街(东大街)を通るのですが、この辺は日中でも観光客の姿は少なく、近くのお店は、どこも閑散としていました。逆に言うと、人込みが苦手な私としては、大変過ごしやすい場所でもあります。昨日は、南大街にある大繁盛していたお店で、お腹一杯食べ過ぎた反動もあって、今日は、静かなところで軽めに済ませたい気分だったので、旅館からすぐ近くにある、地図アプリにも表示されない「早点小吃」というお店に入ってみることにしました。お店の前に行ってみると、年配の女性が暇そうに表にある椅子に座っていました。ここで夕食を食べられますか?と聞くと店内に案内してくれました。

◆お店の外観

pingyaogucheng zaodianxiaochi exterior

店内にはお客さんは誰もおらず、旦那さんと思われる丸坊主のオッサンが1人スマートフォンでTV番組を見ていました。南大街から数百メートルしか離れていないのですが、この落差とローカル感がたまりません。

◆店内の様子

pingyaogucheng zaodianxiaochi inside

奥の壁には写真付きのメニューが掲示されており、野菜料理から麺料理まで幅広く扱っている印象です。

◆メニュー

pingyaogucheng zaodianxiaochi menu

今日はオススメしてもらった麺料理の「罐罐面」と、野菜料理の「野菜鸡蛋」を注文しました。それぞれ20元(約420円)です。南大街のお店に比べると、大分良心的な料金です。

注文後、先ほどの女性は厨房に移動して料理を始めました。丸坊主のオッサンは、特に何もしないようで、スマートフォンを見ているだけですw しばらくすると、まず運ばれて来たのは「野菜鸡蛋」で、オーソドックスな野菜炒めに卵焼きを混ぜたものですが、程よい塩加減で普通に美味しかったです。今日はこういう料理が食べたかったのでピッタリのメニューでした。

◆野菜鸡蛋

pingyaogucheng zaodianxiaochi yecaijidan

続いて運ばれた「罐罐面」、最初見た時は辛くて食べられるか不安になりましたが、実際に口すると、見た目ほどの辛さはなく、変なクセも無く、刀削麺との相性も良く、美味しく頂きました。「刀削麺」というのは、山西省発祥の麺の一種で、一般的な麺の茹で方と異なり、生地を専用の包丁で削りながら茹釜に入れていくのが特徴です。これが名前の由来にもなっています。専用の包丁により、麺の断面はひし形や三角形になり、一枚の麺でねっとり、もっちり、つるつるといった様々な食感が楽しめます。

◆罐罐面

pingyaogucheng zaodianxiaochi guanguanmian

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