中国河南省と山西省の史跡を巡る5 王家大院、双林寺、最後の平遥古城観光

2025年9月10日(水) 5日目

霊石県にある王家大院へ

■7:30 朝食

地下1階にある食堂に降りて行くと、先客が既にテーブルに座っていました。2人組の若い外国人女性で、少し話したところ、昨日の男性に続き彼女達もポーランドからの旅行者でした。旅程も、北京からスタートして平遥古城に滞在し、次は西安と同じルートを辿っていました。単なる偶然だとは思いますが、ヨーロッパ諸国の中ではポーランドは中国に近い?こともあり、以前から経済を中心とした友好関係が続いていると聞いていたので、旅行し易いとか理由はあるのかもしれません。2人とも当たり前のように綺麗な英語を話していました。私は簡単な内容で終わらすつもりだったのですが、片方の女性は日本と中国の関係はどんな感じですか?とか難しいことを聞いてきて、答えるのが大変でした。

朝食は日替わりでメニューが変わるようで、今日は野菜の炒め物に、蒸しパン、ゆで卵、トウモロコシ、梨といった内容です。野菜の炒め物は私好みの薄味でとても美味しく、デザートの梨がとてもフルーティだったのが記憶に残っています。

◆朝食

pingyao dumenjiadikezhan breakfast 2nd

今日はタクシーをチャーターして「王家大院」と「双林寺」を観光します。当初は平遥古城の観光のみで終わる予定だったのですが、調べていると、郊外にも歴史のある観光名所が多くあるのが分かってきました。ただし、双林寺以外はどこも公共交通機関を使って移動するのは骨が折れそうだったので、タクシーをチャーターするのが無難という結論に達しました。このアクセスの難しさが、地下鉄やバスで気軽に観光できた江南の都市との大きな違いです。

タクシーの手配は、前日に旅館のオーナーにお願いしました。2ヵ所回って340元(約7,200円)です。オンラインの旅行代理店「携程旅行」などで探すと、350元前後が相場のようで、料金に大差がないのであれば、何かあった時に連絡できる旅館経由の方が安心です。

8時半出発でお願いしたところ、8時15分過ぎにはドライバーさんが旅館に迎えに来ました。この時になって分かったのですが、通常の乗用車も一定範囲までであれば入れるようで、こちらの旅館もOKでした。車は1人で乗るには十分な広さで、車内も清潔でした。ドライバーさんは私より若干年上ぐらいの男性でした。私が外国人だと分かると、少し驚いた様子で、乗車した後はしばらく何も話さず、外国人の対応は得意ではなさそうに見えたのですが、要所要所では親切に対応してもらえました。

王家大院は霊石県静升村、平遥古城から南西に約50kmの場所にあります。平遥の中心部から離れると、森林や畑が広がる田舎の景観に変わりましたが、道路は高速道路のように広く綺麗に整備されていたのが印象的でした。しばらく平坦な道路が続き、平遥県に隣接する介休市を通り抜けます。市と言っても、こちらは県レベルの市で、平遥県と同様に晋中市に属しています。市の下に市がぶら下がるとか、日本人の我々からすると若干違和感がありますよね。市内には「張壁古堡」という観光名所があり、時間が許せば立ち寄りたかった場所でもあります。介休市の中心部は発展しており、大通り沿いには多くのお店が並んでいました。介休市の南に隣接する霊石県に入ると、山の景色に変わり、黄土高原特有の黄色い土砂が目に入ってきます。しばらく傾斜とカーブのある道路を走ると再び平坦となり、間もなくして王家大院に到着しました。王家大院周辺は、ホテルや食堂、お土産屋さんなどが集まっており、観光地らしさが全開でした。

王家大院

■9:50 王家大院到着

ドライバーさんはわざわざ出口付近の空いている場所に車を停めて、先に合流場所を決めてから入口までの順路を教えてくれました。入口と出口は少し離れた別の場所になっているので、迷わないように配慮してくれたようです。一応、電話番号は交換してありますが、迷わない分には越したことがないので有難いことです。

チケットはWeChatで購入可能ですが、Trip.comではダメだったので、チケット売り場で購入しました。窓口に来る客なんて自分くらいだと思っていたのですが、思った以上に中国の方も並んでいました。料金は50元(約1,050円)で、Alipayで決済しました。残念ながら印刷された紙のチケットでは無く、QRコードが印字されただけのものでした。このチケットは、王家大院に加え、同じく霊石県にある王家庄园、紅崖峡谷、石膏山景区にも入場可能なチケットになっているようです。

◆チケットオフィス

wangjiadayuan ticket office

日本における知名度は無いに等しい王家大院、中国においては如何ほどのものかピンと来ていなかったのですが、平日にも関わらず大勢の観光客の姿があり、特にこの時間帯は、団体のツアー客が次から次へと押し寄せています。ごく稀に外国人の姿は見かけましたが、さすがに平遥古城に比べると少ないです。

最初に二手に分かれた石段を登り入口に向かいます。石段は途中で直角に曲がり、踊り場には王家大院と刻まれた大きな石碑がありました。

◆入口前の石段

wangjiadayuan stonesteps to entrance

◆王家大院と刻まれた石碑

wangjiadayuan entrance monument

詳細は覚えていませんが、入場ゲートはレーン数が多く、このことからも入場者が多いのが伺えます。読み取り部分にQRコードをかざして入場します。

ゲートの先は広場となっており、全景図や地図、トイレなどがありました。

王家大院は明清時代の住宅建築の集大成と言われています。霊石県の四大名家の1つ、太原王家の末裔である静升王家一族により、明の万暦帝から清の康熙・雍正・乾隆帝の時代にかけて築かれ、5つの路地、6つの砦、5つの祠堂を備えた壮大な建築物です。中国の4A級観光スポットです。

◆全景図

wangjiadayuan overall view

視履堡(视履堡)、恒貞堡(恒贞堡)、崇寧堡(崇宁堡)の3つの建築群から成り、これらは黄土高原の丘陵に佇み、城郭のような構造となっています。「堡」は要塞や砦を意味する言葉です。

観光マップに記載されているのは前から2つの視履堡と、恒貞堡で、3つ目の崇宁堡は現在温泉のあるホテルとして運営されているようです。視履堡と、恒貞堡は橋で繋がっています。この地図を見ただけでも、昨日見学した馬家大院とは比べ物にならない規模であることが分かります。

◆観光マップ

wangjiadayuan overall map

順路は地図の東から、視履堡から観光します。参照する資料によっては、視履堡は「高家崖」の名前が使われており、視履堡が別名と紹介されています。

◆視履堡入口

wangjiadayuan shilubao entrance

敷地内には多くの建物がありますが、平遥古城でも良く見られた、中国の伝統様式である四合院建築が組み合わさって1つの建築群を構成していました。まず中庭があって、これを囲むように建物が並んでいる様式です。中庭は様々なバリエーションがあるのですが、正直、平遥古城でも沢山見て来たので、新鮮味が薄れており、この辺りは早足で駆け抜けました。というか、人が多すぎて落ち着いて観光していられませんでしたw 平遥古城でもここまで混雑してなかったので、完全に予想外でした。四合院は横一列に綺麗に並んでいて、馬家大院のような分かりにくさはなかったのですが、同じような景観が多く、後から見直しても、これがどの四合院だったかハッキリしません。要所要所では、高級家具や名品、地図など王家の所有物が展示されていました。

◆視履堡(高家崖)

wangjiadayuan shilubao inside1

wangjiadayuan shilubao inside2

wangjiadayuan shilubao inside3

wangjiadayuan shilubao inside4

wangjiadayuan shilubao inside5

wangjiadayuan shilubao inside6

視履堡の西側まで行くと、立派な橋が架かっており恒貞堡(恒贞堡)と接続しています。2つの建築群の間は谷のような形状となっていました。

◆恒貞堡(恒贞堡)に繋がる橋

wanjiadayuan bridge to hanzhenbao

◆恒貞堡(恒贞堡)

wanjiadayuan hanzhenbao far1

遠くには薄っすらと霧がかかった山々が連なり、山西省ならではの緑豊かな美しい景観が広がります。

◆橋の上からの景観

wanjiadayuan view from bridge

「恒貞堡(恒贞堡)」は、「紅門堡(红门堡)」の俗称でも呼ばれています。上空から見ると綺麗な長方形となっており、漢字の「王」の字を体現しています。四方は高い壁に囲まれ、長方形の長さは東西139m、南北180mです。この中に、南北に四層の中庭(四合院)が、左右対称に配置されており、整然と並んでいます。中央の南北にある大通りが東西を分割しています。各層は丘陵の傾斜に沿って建築されているため、北になるほど高くなります。

橋を渡った先は、(南から数えて)1層目と2層目の間にある通りに繋がっています。この通りに沿って、中庭(四合院)が並んでいます。1つ1つ見ているとキリがないので、この辺は軽く見るに留めました。

◆恒貞堡の東西の通り

wanjiadayuan hanzhenbao street east west

◆壁の彫刻

wanjiadayuan hanzhenbao inside1

南北の通りは傾斜のある坂になっていて、お年寄りの観光客は息を切らしながら上っていました。エレベーター等の設備は見当たらず、自力で上がる以外の方法はないようです。レンガが積み重なった壁面は、良い意味で綺麗に修復されておらず、当時の情景を感じるものがありました。

◆恒貞堡の南北の通り

wanjiadayuan hanzhenbao street north south1

wanjiadayuan hanzhenbao street north south4

視履堡を早足で見学したおかげか、恒貞堡は比較的空いており、快適に観光できました。4層目は、2層目や3層目とは若干建築の様式が異なるようで、手前にある中庭は1つ1つが閉じておらず、隣の中庭と繋がっていて一体化しており、東屋があったりと広々としていました。奥には高低差のある建物が並んでおり、変化に富んだ景観となっていました。

◆4層目の中庭

wanjiadayuan hanzhenbao 4th courtyard1

wanjiadayuan hanzhenbao 4th courtyard2

wanjiadayuan hanzhenbao 4th courtyard3

wanjiadayuan hanzhenbao 4th courtyard4

四方を囲んだ城壁の上には通路が整備されており、4層目の隅にある階段から東側の通路に上がれました。城壁の上に上がると、一気に見通しが良くなり、先の方まで見下ろすことができます。地上からの高低差は思った以上にあり、よくもまあ、丘陵の上にこんなにも馬鹿でかい建物や城壁を作ったものだと感心します。王氏がどれだけ莫大な財産を築いたのかが伺い知れますが、ともすれば、敵も多かったでしょうから、防衛という側面も大きかったのではないでしょうか?

◆城壁(東側)の上からの景観

wanjiadayuan hanzhenbao street north south2

一番高い所にある、北側の城壁に設けられた通路からは、360°の素晴らしい景観を楽しむことができました。王家大院の中でも最大の見どころであり、人気のある場所でもあります。恒貞堡がどれだけ巨大で整然とした建築群であるかを肌で感じることができます。左右を見渡すと黄土高原特有の黄色い土壁も良く見えました。これらの景観だけでも、王家大院を訪問する価値は十分にありました。

◆城壁(北側)の上からの景観

wanjiadayuan hanzhenbao view from north1

wanjiadayuan hanzhenbao view from north2

西側に見えるのが3つ目の建築群である「崇寧堡(崇宁堡)」です。

◆崇寧堡(崇宁堡)

wanjiadayuan hanzhenbao view from north3

北側歩いた後は、西側の通路を降りて地上に戻ります。

◆城壁(西側)の上からの景観

wanjiadayuan hanzhenbao street north south3

wanjiadayuan hanzhenbao view from west1

wanjiadayuan hanzhenbao view from west2

南側の城門である「堡門」付近の景観です。大変立派な造りで、お城の城門と言われても全く違和感がありません。当時の王氏、山西商人の財力の凄まじさ、その影響力の強さが伝わってきますが、これが後の世になると、この辺りは中国でも最貧国地域になってしまうのですから、栄枯盛衰を思わせます。

◆「堡門」付近の景観

wanjiadayuan hanzhenbao view from west3

最後は南側の通路を通って、堡門の脇にある階段から地上に降りました。

城壁(南側)の上からの景観

wanjiadayuan hanzhenbao view from south1

◆恒貞堡1層目の景観

wanjiadayuan hanzhenbao 1st-layer1

wanjiadayuan hanzhenbao-1st layer2

◆堡門

wanjiadayuan hanzhenbao baomen outside far

◆堡門の前にある石像

wanjiadayuan hanzhenbao baomen outside stonewall

堡門から出ると、緩やかな幅の広い坂があり、両脇には屋台が並んでいました。

◆出口付近の景観

wanjiadayuan near exit

王家大院の出口と入口の間は、レストランやお土産屋さんが並ぶ大きな通りとなっていました。

◆王家大院前の通りの様子

この時は分からなったのですが、王家大院の南東に文廟があったようです。

◆文廟(外からの様子)

wanjiadayuan wenmiao far

王家大院には約1時間滞在しました。数多くある中庭や四合院の建物については、駆け足で見学してしまったので、これらを隅から隅まで1つ1つじっくり見学すれば半日以上は掛かります。

今回の旅行では、王家大院を訪問する時間を作るために、河南省の滞在日数を減らして、その分を平遥古城の滞在に割り当てたのですが、その甲斐あって、大変良いものを見させてもらいました。

双林寺(雙林寺)

ドライバーさんと合流した後は、来た道を戻ります。先述した通り、霊石県や介休市にはまだ見どころが沢山あるのですが、今回はこれで終わりとします。

次に訪問する「双林寺」は平遥古城の南西6kmという近場にあります。平遥古城からのアクセスは良く、一昨日利用した108路(北路)のバスがわざわざ迂回して双林寺前のバス停に停まるため、これを利用して行くことが可能です。近郊の観光名所には、もう1ヶ所「鎮国寺」という仏教寺院もあるのですが、2ヵ所続けてのお寺巡りは集中力が続かないと思ったので今回は見送りました。

平遥県に入った後は、途中、近道のため広大なトウモロコシ畑の中にある、舗装の悪い道路を突っ切りました。ひたすらトウモロコシ畑が続く景観は圧巻で、中国の国土の広さを感じました。

■12:15 双林寺到着

双林寺周辺は、露店などが集まってゴチャゴチャしていましたが、駐車場は広く整備されており、この時は半分以上埋まっていました。

入場チケットは窓口で購入しました。料金は35元(約740円)、Alipayで決済しました。こちらのチケットは綺麗に印刷されたものでした。

◆チケット

shuanglinsi ticket

◆観光マップ

shuanglinsi map

双林寺の元の名称は「中都寺」と言い、これはかつてこの地に「中都城」があったことから、この名前が付けられました。中都寺に関する文献が残っていないため、創建年代は不詳です。境内に現存する最古の石碑は、北宋の時代(1010)に建てられた「姑姑之碑」ですが、ここには不明瞭ながらも「北平二年(571年)」という文字を読み取ることができます。北平二年は北斉の時代を指します。創建はこれ以前であったと考えられており、仮に北斉の時代から数えても1,400年以上の歴史を刻んでいます。多くの日本人にとって、北斉と聞いても何のことだかさっぱりだと思いますが、隋王朝が成立する前、南北朝時代に建てられた王朝「北斉」が存在した時の年号です。中都寺は、当時は景勝地として栄え大変な人気を博したようですが、火災で焼失してしまいました。後に宋の時代に入ってから、現在の双林寺と改められました。平遥古城と共に世界遺産に登録されており、彩色塑像の宝庫として有名です。「塑像」とは粘土などの可塑性のある素材を用いて制作された彫刻の事を言います。

入口の牌坊は、良い意味であまり手が入っておらず、できる限り当時の状態を維持しておこうという意図が見えました。この牌坊の保存状態を見ただけで、このお寺は当たりだという予感がしましたが、大正解でした。

◆入口

shuanglinsi entrance

お寺の敷地は、城郭のような立派な城壁に囲まれています。入口の牌坊には「雙林寺」と書かれていましたが、チケットの表側や城壁の脇にある石碑には「双林寺」と書かれています。現在の正式名称は「双林寺」で、簡体字が作られる以前に建てられた牌坊には繁体字の名前が刻まれているのだと解釈しました。

◆赤色の城壁

shuanglinsi redwall front

双林寺は南向きで(坐北朝南と言います。)、中軸線に沿って、3つの院(中庭と建物)が並びます。

前院に入ると、まず最初に見える建物が「天王殿」です。天王殿は山門となっており、明朝の時代に再建されました。外には四金剛像が横一列に並んでいます。

◆天王殿

shuanglinsi tianwangdian front

四金剛像は見るからに力強さが伝わってくる素晴らしい彫刻でしたが、丁度、TV番組か何かで撮影しているグループがいて、近くに寄って見学することができませんでした。

◆四金剛像

shuanglinsi tianwangdian sijinganxiang1

shuanglinsi tianwangdian sijinganxiang left

shuanglinsi tianwangdian sijinganxiang right

天王殿の中は、ご本尊の「天冠弥勒菩薩」が中央に鎮座し、左右には帝釈天と梵天が安置されています。また、南壁には四天王像が、北壁に八菩薩像が安置されています。これらの像は明から元にかけてのものです。素人目にも分かる素晴らしい彫刻ばかりで、否応にもテンションが上がります。

◆天冠弥勒菩薩

shuanglinsi tianwangdian milepusa

天王殿の北側には中庭を挟んで「釈迦殿」があり、両脇の「伽藍殿」、「羅漢殿(罗汉殿)」、「土地殿」、「地蔵殿」と共に第1の院を形成しています。

◆釈迦殿

shuanglinsi shakaden front

◆伽藍殿と羅漢殿(罗汉殿)

shuanglinsi qielandian luohandian

伽藍殿は、「武聖殿(伽藍殿)」の名称でも知られ、中央に鎮座するのは、皆が大好きな関羽像です。清代初期に制作されたもので、四方の壁には関羽の生涯における有名エピソードが色鮮やかに彫刻されています。ここは、いつも人だかりで撮影するのが大変でした。

◆関羽像

羅漢殿には、中央に穏やかで慈悲深い「観音菩薩」、周囲には生き生きとした表情の「羅漢像」が安置されています。

◆観音菩薩像

shuanglinsi guanshiyinpusa statue

◆羅漢像

shuanglinsi luohan statue

土地殿と地蔵殿には、それぞれ「土地神」と「地蔵菩薩」が安置されています。

◆土地神

shuanglinsi tudishen

◆地蔵菩薩

shuanglinsi dezangpusa

釈迦殿には、中央に本尊の「釈迦牟尼仏像」が安置され、両脇には「文殊菩薩像」、「普賢菩薩像」が控え、壁一面には200体を超える像が、それぞれ個性的な表情で彫られています。

◆釈迦牟尼仏像

shuanglinsi shijiamounifo front

◆壁一面に彫られた200体以上の彫刻

shuanglinsi shakadian wall1

shuanglinsi shakadian wall2

釈迦殿の背後に回ると、観音渡海図が彫られていました。

◆観音渡海図(渡海观音)

shuanglinsi duhaiguanyin

インターネット上で調べると、双林寺は「東洋の彩色塑像芸術の宝庫」とえらい大層に形容されていたのは目にしていたのですが、これに恥じない素晴らしい彫刻が次から次へと登場し、久しぶりに頭の中がオーバーフローしました。どんなに良いもの(作品)でも、一度に見過ぎると、途中から感覚がマヒしてきて頭の中で処理しきれなくなるんですよね。

第2の院は、北に正殿の「大雄宝殿」、東西に「千仏殿(千佛)」と「菩薩殿」が配置され、第1の院よりも広々とした配置となっています。

◆大雄宝殿

shuanglinsi daxiongbaodian front

菩薩殿近くには唐代に植えられた巨木が青々と茂っており、こちらは「唐槐」と名前が付いています。高さは約11mと書かれています。

◆唐槐

shuanglinsi tangkuai

東側にある千仏殿には、御本尊の「観音菩薩像」、左右には「韋駄天菩薩」と「夜叉菩薩」が安置され、周囲には500体を超える彩色彫刻が安置されています。明朝の時代に制作されました。彫刻の見事さもさることながら、色彩の鮮やかさもインパクトがあり、もはや圧巻としか表現のしようがありません。

◆観音菩薩像、韋駄天菩薩、夜叉菩薩

shuanglinsi qianfudian inside center

◆千仏殿に安置されている彫刻の数々

shuanglinsi qianfudian inside left

shuanglinsi qianfudian inside right

千仏殿に正対する西側の菩薩殿には、本尊の「千手千眼観音像」が鎮座し、周囲には400体を超える「菩薩像」が安置されています。こちらも千仏殿に負けず劣らず見事な彫刻の数々です。

◆千手千眼観音

shuanglinsi qianshouqianyanguanyin

shuanglinsi qianshouqianyanguanyin near

◆菩薩殿に安置されている彫刻の数々

shuanglinsi pusadian inside left

shuanglinsi pusadian inside right

大雄宝殿の御本尊は「三身仏(三身佛)」で、両脇には「文殊菩薩」と「普賢菩薩」が安置されています。三身仏とは、釈迦如来の3つの姿を表し、法身、報身、応身の概念を指します。三身仏の前には、「阿弥陀如来像」が入口に立ち、参拝者を出迎えてくれます。これらの彫刻はいずれも明朝時代の傑作となります。

◆三身仏(三身佛)

shuanglinsi sanshenfu diagonally

shuanglinsi sanshenfu center

中軸線上の最後の建物が「娘娘殿」で、明朝の正徳年間に建てられました。清朝時代に改修された色鮮やかな彫刻の数々が安置されています。

主神の「娘娘神」は、民間信仰における女性の神様の総称です。道教の影響を強く受けています。中国で皇后を意味する娘娘という敬称を用いて呼ばれる女神の通称でもあります。娘娘は中国語ではニャンニャンと発音します。歴史ドラマでは良く登場する言葉で、外国人にも聞き取り易いので、聞いた覚えのある人が多いと思います。

◆娘娘殿

shuanglinsi niangniangdian front

◆娘娘神

shuanglinsi niangniangshen front

帰りは、城壁に沿って整備されている通路を歩いて戻りました。

◆城壁沿いの通路

shuanglinsi passage along the wall

◆城壁からの景観

shuanglinsi view from the wall

滞在時間は約40分と短かったものの、素晴らしい彩色彫刻の数々を鑑賞でき、密度の濃い時間となりました。

最後の平遥古城観光

平遥古城壁(平遥古城墙)

双林寺を出た後は、真っすぐ旅館に戻りました。帰りは、古城の南側の大通りである「柳根东街」を通っため、南側の城壁を良く見ることができました。

■13:00 旅館到着

旅館に到着後、ドライバーさんにはチップを含めて400元(約8,400円)をAlipayで払いました。思った以上に感謝されて、逆に恐縮してしまいました。

旅館には全く人の気配がなく、静まり返っていました。あまりにも不用心で心配になるほどですが、それぐらい古城の中は安全という証左でもあります。

昨日買って残っていた月餅などで軽くお昼を済ませ、しばらく休憩した後、最後の平遥古城の観光に出かけました。共通チケットで入場できる22ヶ所の施設のうち、訪問していない6ヶ所を回ります。午前中の観光で十分満足してしまったので、もう今日は出かけなくてもいいぐらいの気分でしたが、肝心の城壁の上をまだ見学していなかったので、気合を入れ直します。気温は30℃近く、大分暑くなってきました。

旅館から表に出ようとしたところ、入口に吊るしてある大きな簾の下で、子犬のドゥドゥがお昼寝をしていました。声を掛けても、ほんの少し目を開けるだけで反応が無く、相変わらず人懐っこさは皆無な子犬ですが、そのくせ、人が通る場所に狙ったように居るんですよね。なかなか憎めない奴でした。ちなみに、この旅館に限らず、動物を飼っている家は多く、古城内を歩いていると、あちこちで犬や猫を見かけました。

◆子犬のドゥドゥ

pingyao dumenjiadikezhan dudu2

城壁には、北門か南門かのいずれかから登ることができるのですが、高い所から南大街を見たいという思いもあって南門から登ることにしました。城壁の上は歩いて一周できるので、6km以上の距離を歩く覚悟のある方はどちらから登っても問題ないです。

■14:30 南門(迎薫門)到着

◆南門(迎薫門)

pingyaogucheng yingxunmen inside far 2nd

各城門は二重の門と「瓮城」から構成されています。瓮城は、城門の外に設けられた要塞(防衛施設)です。瓮城は城門と同じ高さで、上部には戦闘台が設けられていました。

◆瓮城上部の戦闘台

pingyaogucheng yingxunmen upper front near1

pingyaogucheng yingxunmen upper front near2

瓮城は内門と外門があり、通常は通行人を検査するために用いられますが、異常が検知されると、両方の門が閉鎖されて、敵を閉じ込めることができます。

◆二重門に囲まれた城門

pingyaogucheng yingxunmen inside double gate

pingyaogucheng yingxunmen inside double gate view from upper

古城内の建物はいずれも2階程度の高さに収まっているため、城壁の上からは遠くまで良く見えます。馬家大院といった一部の例外を除き、どの建物もほぼ同じ高さに揃っているので、高層の建物が建てられないように法律などで制限されているように見受けられます。

城門付近からは南大街が良く見え、遠くには北門も小さく確認することができました。この2日間歩いて気づいてはいたのですが、通りから外れた場所などは、まだまだ古い住居が残っているのが良く分かりました。

◆城壁の上からの景観(南大街)

pingyaogucheng yingxunmen landscape1

南側の城壁は直線ではなく湾曲しており、少し離れると南門が良く見えます。南側の城壁が湾曲している理由は、城壁に南側にある河川(中都河)が蛇行しているからと書かれていましたが、現在はそれらしき河川は見当たりません。

◆南門付近の景観

pingyaogucheng yingxunmen landscape2

pingyaogucheng yingxunmen landscape3

◆南門(城壁の上から)

pingyaogucheng yingxunmen landscape4

元々城壁の上を一周回る予定は無かったのですが、思った以上に疲れていたこともあり、城門付近からの景観だけ見て下に降りました。城門以外にも、監視塔などの付属設備があるようです。

南大街沿いの施設を観光

残りの5ヶ所は、いずれも南大街にあるため、南から順番に見学して行きました。「中国珍奇報紙陳列館(中国珍奇报纸陈列馆)」、「百川通」、「同興公鏢局(同兴公镖局)」、「中国鏢局(镖局)」については、特別目新しい内容は無く、時間が無ければ見学しなくても問題なさそうです。最後に見学した「協同慶(协同庆)」は見どころがありました。

多くの団体のツアー客が訪問している時間帯だったようで、建物の中は大変混雑していました。

協同慶协同庆)入口

pingyaogucheng xietongqing entrance

「協同慶票号」は清代の1856年に設立され、1913年に閉鎖されるまで58年存続しました。この間、全国に33ヶ所の支店を持ち、特に西北と西南地域に重点を置いていました。後から知ったのですが、ドラマの舞台としても使用された人気の施設のようです。他の施設と比べても、明らかに混雑していたので納得しました。入口近くにある窓口などは他の建物と同様でしたが、奥には大きな中庭があり、地下には平遥古城最大の地下金庫がありました。

◆中庭

pingyaogucheng xietongqing courtyard

地下金庫室にはびっしりと金貨や銀貨が並んでおり、なかなか壮観な眺めでした。

◆地下金庫

pingyaogucheng xietongqing underground1

pingyaogucheng xietongqing underground2

pingyaogucheng xietongqing underground3

暑い中歩き回って喉が渇いたので、旅館への帰り道に「蜜雪冰城」でコーヒーを買って行きました。中国ではどこに行っても必ず目にするアイスクリームのチェーン店、以前から気になっていたのですが、今日になって初めての利用となります。普通にカウンターで注文する方法以外にも、壁に掲示されているQRコードからの注文が可能で、Alipayのミニプログラムを起動し、画像付きのメニューが表示されるので、買いたい商品を選択して決済するだけです。中国の食べ物や飲み物の名前は、発音方法が難しい言葉が多く、カウンターでの注文だといつも苦労するので助かります。

決済が完了すると、4桁の番号が表示されるので、これが呼ばれるのを待ちます。店内は空いていたので、ものの1分ぐらいで商品が出てきました。コーヒー専門店ではないので、コーヒー関連のメニューは少ないのですが、喉が潤せれば何でもよい気分だったので、具体的な名前は忘れましたが、ラテっぽい飲み物を注文しました。コストパフォーマンスの高さが大きな特徴ですが、料金はたったの8.1元(約160円)と噂通りの安さでした。後で飲んだ感想としては、甘めの薄味コーヒーという感じで、良くも悪くも値段相応ではありましたが、元々味には期待していなかったので十分許容範囲です。

◆蜜雪冰城のコーヒー

mixuebingcheng coffee

今晩も「早点小吃」で夕食

夕食は、昨日も利用させてもらった、旅館の近くにある食堂の「早点小吃」で頂きました。19時過ぎに行ったのですが、今日も年配の女性は、お店の前の椅子に座って佇んでいました。私の事は覚えてくれていたようで、すぐお店の中に案内してくれました。店内には、丸坊主のオッサンが友人と思われる男性と楽しそうに話し込んでいました。地元の料理を中心に多くのメニューがあり、ボリュームも味も全く不満のない食堂なんですが、場所が良くないのか、今日もお客さんの姿はありませんでした。食堂の隣のフロアには、食品などを売っている売店があるようで、そちらは頻繁にお客さんが出入りしているようでした。丸坊主のオッサンは、そちらの店番担当らしく、呼び鈴が鳴るたび行ったり来たりしていました。何もしていないだけのオッサンだと思ったのですが、一応仕事はあるようです。

今日はお腹が空いていたこともあり、平遥名物の「平遥牛肉」とオススメしてもらった「干煸栲栳」という料理を注文しました。所謂スタンダードな平遥牛肉はまだ口にしていなかったので、一回ぐらいは食べておこうと思っていました。飲み物は、いつ以来か記憶にないぐらい久しぶりにビールを頂きました。

缶には「古遥啤酒」と書かれており、恐らく地元のビールだと思いますが、クセも無く普通に飲みやすいビールでした。平遥牛肉は、平遥県を代表する伝統的な牛肉加工品で、保存食として作られます。鮮やかな紅色、豊かな香りと、脂肪がしつこくなく、とろけるような食感が特徴です。確か、料金は50元(約1,050円)だったと記憶しているのですが、大きなお皿にたっぷり盛られてくるので、高くは感じませんでした。保存食という割には、表面はしっとりとしていて柔らかく、味も思った以上にしつこくなくて美味しく頂きました。ビールとの相性も良く、1人で食べるには量が多すぎましたが、頑張って完食しました。

◆平遥ビール

pingyaogucheng zaodianxiaochi pijiu

◆平遥牛肉

pingyaogucheng zaodianxiaochi niurou

もう1品の「干煸栲栳栳」、こちらも山西省の麺料理の一種だそうです。通常の「栲栳栳」とは異なり、麺は厚めに作られ、油で軽く揚げてあるのが特徴だそうです。見た目があまり宜しくないので、最初食べきれるか不安になりましたが、味自体は淡白であっさりとしていて、野菜やスパイスで若干辛めに味付けされており、普通に美味しく頂けました。食感は、かなり独特で、歯ごたえがありました。なお、こちらの料理は18元(約380円)でした。

◆干煸栲栳

pingyaogucheng zaodianxiaochi ganbianbianlao

店内での会話は専ら年配の女性とだけで、丸坊主のオッサンとは一言も口を聞いていなかったのですが、最後お店を出るとき、日本語で「ありがとう」と言ってくれたのが印象に残っています。田舎特有の愛想の悪そうなオッサンだと思ったので意外でした。人は見かけによりませんね。

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