4月17日(水)と18日(木)の2日間、フエの観光名所を巡りました。
フエは、1802年から1945年にかけて存在した、ベトナム最後の王朝であるグエン朝(阮朝)の都として栄えた場所です。旧市街にあるグエン朝王宮やティエンムー寺、郊外のフォン川沿いには歴代皇帝の陵墓が点在しており、これらはフエの建造物群として世界遺産に登録されています。
2日間とは書きましたが、体調不良の影響で実質1日しか観光できませんでした。日程に余裕が無くなり、体力もセーブする必要があったため、現地ツアーやオープントップバスを利用して効率的な観光を心がけました。
オープントップバスでフエの街を巡る
フエの街歩き
ニンビンからフエの移動で酷い乗り物酔いをした影響で、翌日も体調が優れずホテルで過ごしていました。ローカルフードの類も全く口にする気分にならず、朝食と昼食はハンバーガーやバインミーといった軽めの食事で済ませます。
体調が悪かったのに加えフエの暑さにも参りました。北部では暑いとは言いながらも何とか許容できる気候だったのですが、ここは朝から30℃越えが当たり前で、一段も二段も暑くなりました。日中は35℃近くまで上昇し、お昼ご飯に少し出かけただけでもグッタリするような状況でした。このような状況だったため、日中はろくに街歩きができず消化不良に終わっています。
◆Nguyen Tri Phuong St.
夕方になると大分調子が戻り、このまま何もせずに一日を終えるのは勿体なかったので、外出することを決意します。ひとまずフォン川の方に向かい、タイミングが合えばオープントップバス(2階建て観光バス)に乗ってみるつもりでした。
ホテルからフンヴーン通りに出て、フォン川に向かって歩きます。この辺りは、ホテルやレストラン、カフェが軒を連ねており、交通量も多く大変活気があります。フエの人口は約35万人と、それなりに大都市ではありますが、交通状況はハノイに比べればマイルドなので、道路の横断等に苦労することはありませんでした。ハノイではお世話になったハイランズコーヒーですが、フエにも多くの店舗があり、ホテルから徒歩圏内だけでも3店舗ありました。
フォン川の近くに来ると、チューンティエン橋のライトアップを見ることができました。数秒毎に青や赤、緑などの色に変わり見応えがありました。
◆チューンティエン橋
フォン川沿いは、綺麗に整備された公園になっています。夜は煌びやかにライトアップもされており、治安面の不安を感じることも全くなく、散策するには良い場所になっています。フォン川と公園の間は遊歩道が整備されており、多くの観光客や地元の方々の姿があり活気に溢れていました。
◆チューンティエン橋近くの公園
◆遊歩道
遊歩道を東に向かって歩いていると、途中で出島のような場所があり、一際明るく光っている建物がありました。Googleマップによると「Song Huong Floating Restaurant」というレストランで、フォン川を眺めながら食事を楽しめるお店のようです。
◆Song Huong Floating Restaurant
さらに東に進むと観光船乗り場がありました。フエのリバークルーズは有名のようで、この時間になっても沢山のお客さんが行列を作って乗船を待っていました。
◆観光船乗り場
オープントップバス(2階建て観光バス)
観光船乗り場前の駐車場がオープントップバスの乗車場所になっています。赤い制服を着た女性スタッフが立っていたのですぐ分かりました。
ハノイやホーチミンのオープントップバスは存在が広く知られていますが、フエでも運行していました。体力を使わずに気軽に観光するには便利な交通手段で、機会があれば利用したいと考えていました。
フエのオープントップバスについては、情報が少なくて詳細はあまり良く分かっていません。日中と夜の2つのルートがあり、日中はグエン朝王宮やドンバマーケットなどの市内の観光名所に加え、カイディン帝陵などの郊外も回るルートで、夜は市内のみを回るルートになっています。スケジュールは、日中は9時~16時の間に2時間に1本、夜は17時~20時の間に1時間に1本程度運行しています。平日と土日、祝日では運行に違いもあるようなので注意が必要です。
チケットは4時間券、24時間券など何種類かあるようですが、今回は夜コースを1回のみ利用できるチケットを購入しました(13万ドン≒約800円)。
バスは2台体制で運行しているようで、私がバスに乗るか乗らないかのタイミングで一つ前の便が駐車場に戻ってきました。乗客は数名しか乗っていませんでした。
◆2階建て観光バス
私が乗った便の乗客はどうやら私だけで、発車時刻の19時10分になっても全然お客さんが増える様子はありません。さすがに乗客1人で出発するのは嫌だったようで、女性スタッフがやって来て出発が遅れることを知らされます。結局、この後も追加で乗車するお客さんはおらず1人貸し切り状態で出発しました。日中もこんなに空いているのかは分からないのですが、フエのオープントップバスは知名度がまだまだのようなので、お客さんを集めるのに苦労している印象を受けました。
バスは出発すると、フォン川に並行して走っているレロイ通りを西に進みます。
日本語の音声ガイドがありましたので、これを聞きながらフエの街巡りを楽しみます。要所要所で女性スタッフが声を掛けて説明してくれたりもしました。
◆レロイ通り
◆Hotel Saigon Morin
チューンティエン橋を渡り旧市街に入ります。今度はチャンフダオ通りをドンバ市場まで進み、そこから折り返してグエン朝王宮に向かいます。
◆チャンフダオ通り
◆コープマート
ドンバ市場はフエで最も有名な市場であり、文化的、歴史的価値が高いそうです。時間があれば、寄ってみたかったのですが、結局行かずじまいとなりました。
◆ドンバ市場
グエン朝王宮前には、初代皇帝のザーロン帝(嘉隆帝)時代に建てられたフラッグタワーのほか、フー・ヴァン・ラウと呼ばれる歴史的建築物がありました。
◆フラッグタワー
◆フー・ヴァン・ラウ
王宮前を西に進んだ後は、ヤービエン橋を渡って再び新市街側に入ります。フエ駅の前を通ってレロイ通りを進みます。
◆ヤービエン橋
フォン川とレロイ通りの間に整備されているレロイ公園はライトアップがされており綺麗でした。戦没者慰霊碑の前の両脇には龍の像がありました。
◆戦没者慰霊碑
レロイ通りから斜めに伸びるハノイ通りには近代的な高層ビルが立ち並んでいました。その先の大きなラウンドアバウト交差点まで行き終了です。この後、出発地点の観光船乗り場まで戻りました。
◆ラウンドアバウト
ナイトウォーキングストリート
帰りは、レストランやバーが集まるウォーキングストリート近くを通ってホテルに戻りました。大変活気のある通りで、多くの外国人観光客や地元の方々の姿がありました。
◆ウォーキングストリート
現地ツアーを利用してフエの世界遺産を巡る
現地ツアーについて
フエの観光名所と言えば、グエン朝王宮がダントツに有名ですが、郊外にあるカイディン帝陵などにも行きたいと考えていました。当初は、17日(1日目)はグエン朝王宮などの市内を観光して、18日(2日目)は郊外に足を運ぶ想定でいたのですが、先に書いた通り体調を崩してしまい計画が崩れます。実質1日しか観光できなくなってしまったわけですが、これらを自力で1日で回るのは時間的にも体力的にも厳しいと思ったので、ホテルに紹介してもらった現地ツアー「1 Day City Tour」を利用しました。午前中はグエン朝王宮、ティエンムー寺、古い庭園のある邸宅を観光、新市街のレストランで昼食を取り、午後からミンマン帝陵、カイディン帝陵、線香の村、Vong Canh Hillを観光します。移動の一部には観光船によるリバークルーズも入っています。以上の内容で、料金は昼食付で25万ドン(約1,600円)です。ただし、各施設の入場料47万ドン(約3,000円)は別料金となります。ネットの予約サイト経由で申し込むと6,000円~8,000円が相場なのでかなりお得です。ホテル経由での申請なので、ピックアップ等で問題が起きればスタッフの方が対応してくれますし、いい事ずくめです。これまでのようにあまり事前に準備をし過ぎず、多少行き当たりばったりの出たとこ勝負で観光するのも悪くないと感じました。
◆ツアーの案内
グエン朝(阮朝)王宮
18日は、8時過ぎに男性のガイドさんがホテルまでピックアップに来てくれました。真っ黒に日焼けした私より若干年配と思われる方で、かなり癖のある英語を話すのが特徴でした。名前はジョニーと言っていましたが、おそらく仕事上呼びやすいから使っている名前だと思います。
ホテル前の細い道を出た通りには大きな観光バスが停まっていて、これに乗車しました。バスの中は空調が効いており、気温は大分高くなっていたので助かりました。この後、1件1件ホテルを回りながら参加者をピックアップして最終的にバスは満席となりました。欧米からの観光客が多く、アジアからの観光客は小数でした。南米から来たと思われる観光客もいて、国際色豊かな雰囲気でした。ピックアップを終えた後は、最初の観光名所であるグエン朝王宮に向かいます。この間、ガイドさんにチケット代の47万ドン(約3,000円)を払いました。
■8:50 王宮到着
1802年から1945年までの143年間、13代もの長きにわたり、ベトナム最後の王朝である阮朝(グエン朝)の拠点となった場所です。周囲2.5km(南北604m、東西620m)の城壁に囲まれ、その外側にさらに濠が張り巡らされた長方形の王宮は、中国の紫禁城を模して建てたと言われています。約3.6万平方キロメートルの広大な敷地内には、宮廷文化を今に伝える建築物が残っています。建造物の多くはベトナム戦争によって破壊されてしまい、修復作業が実施されています。
10世紀に中国から独立したベトナムが北部のハノイやニンビンを首都に置いて発展してきたのは先の投稿で述べた通りですが、16世紀の後期黎朝になると、国内は分裂して内乱状態に陥ります。この時、中部のフエを本拠としていた有力一族の江南グエン氏(江南阮氏)がグエン朝のルーツです。江南グエン氏が支配した地域は江南国と言われますが、悪政が続き、18世紀後半に起きた西山の乱(タイソンの乱)により阮福暎(グエン・フック・アイン)を除いて滅ぼされてしまいます。生き残った阮福暎はタイに亡命しますが、やがてフランスの支援を受けてベトナムに戻り、支配を取り戻ります。この阮福暎がグエン朝を創設した初代皇帝のザーロン帝(嘉隆帝)です。大変うがった見方ですが、後のフランスによる植民地支配の種をこの時に宿してしまったとも言えますし、そもそも江南グエン氏の悪政が無ければ西山の乱も起きなかったわけで、グエン氏というのは中々罪作りな一族だと感じました。
王宮に入るために、最初に通るのが體仁門(ガン門)です。重厚感のある大変趣のある門で、当時の雰囲気を感じ取ることができました。中国の観光名所などのように、綺麗に修復しすぎた建造物を見ると逆に興ざめしていまうことがままあるのですが、この門に限らずベトナムの歴史的建築物全般に言えるのですが、過度に修復し過ぎない絶妙なさじ加減に感心します。実は単に予算が少ないとか、修復できる職人さんがいないからといった身も蓋もない理由かもしれません。體仁門は観光客だけでなく、自動車の往来も多かったのが印象に残っています。
◆體仁門(ガン門)
體仁門をくぐるとチケットオフィスがあり、その先には王宮の入口である午門が見えてきました。ガイドブックでおなじみの景観ですが、この目で直に見ると感動もひとしおです。過度な装飾が無く、落ち着いた私好みの色調なのが最高でした。
逆方向には、フラッグタワーも見ることができました。ガイドさんが参加者のチケットを購入している間、しばしの撮影タイムを楽しみました。ちなみに、こちらの入場料は現在20万ドン(約1,270円)です。さすがフエというかベトナム屈指の観光名所だけあり、中々の料金を取りますね。
牛門は王宮の南に位置する正門で、紫禁城の牛門を模して建てられた入宮門となります。中国ドラマを観るのが好きな方にはお馴染みですが、古代中国では時間や方角を表すのに干支が使われ、その中でも牛は南を表すことからこの名前が付けられました。牛門は2階に上がることができて、展示物などもあるようですが、時間の都合でしょうか、このツアーでは省略されました。
◆牛門
◆フラッグタワー
午門をくぐると正面に見えるのが大和殿です。王宮の中央に位置する正殿として機能した最も重要な建物で、即位式などの儀式が執り行われました。こちらも紫禁城の大和殿を模して建てられており、初代皇帝のザーロン帝(嘉隆帝)が創建し、その後何度か修復が行われました。1948年のフランス軍との交戦では戦火を免れますが、ベトナム戦争中の1968年に完全に破壊されてしまいました。そして、1970年に再建されました。このツアーでは大和殿の中の観光をしなかったのですが、これは現在修復工事が行われていることが理由だったようです。建築については、ベトナム伝統の2棟連棟形式が採用されています。大和殿の前にある門は、碑坊と呼ばれる中国の伝統建築様式の門で、この後も各所で登場します。
◆大和殿(タイホア殿)
ここでガイドさんは当時の結婚制度やら慣習について説明していたのですが、イマイチ理解できませんでした。この辺の景観は大変良かったのですが、これに加えて通りに沿って植えられている、白い花が咲いている植物が景観に大変マッチしていたのも印象に残っています。この植物についてはガイドさんに聞いてみたところ、Champa Flower(チャンパの花)だと教えてくれました。後で調べたところ、チャンパの人々の象徴的な植物だそうです。植物に詳しくないので合っているか分かりませんが、日本ではプルメリアと呼ばれているそうで、暑い気候の中で育つようです。チャンパというのは、2世紀後半から19世紀前半までベトナム中部から南部にかけて存在した国家で、海上貿易で栄えました。インドの影響を強く受けたためベトナム北部とは色彩が異なる文化が発展しました。このよう感じで、東洋(中国)と西洋(フランス)だけなく、チャンパの影響も垣間見ることができることも、フエを観光していて面白いと感じた部分です。
◆チャンパの花
この後は、中央の大和殿には行かず、通りを西に進みます。西のエリアではまず顕臨閣(ヒエン・ラム・カック)を見学しました。顕臨閣の前にある世廟門が大変見事で見応えがありました。相変わらず、過度に修復し過ぎない絶妙なさじ加減で当時の面影を感じさせてくれます。
◆世廟門
顕臨閣は、世廟の前閣にあたる1821年に建てられた3階層の建物です。
◆顕臨閣(ヒエン・ラム・カック)
顕臨閣の左右には峻烈門と崇功門という2つの素晴らしい門があるのですが、この時は崇功門しか目に入りませんでした。崇功門は上層に鼓楼があるのが特徴です。
◆崇功門
顕臨閣の裏手には9つの大きな鼎(かなえ)が置かれているのですが、ガイドさんの話をちゃんと聞き取れていなかったため見逃してしまいました。次の世祖廟(テート―廟)を撮影した時に、微かに映っています。鼎というのは古代中国で祭器として使われた三本足の金属器のことで、天子を象徴するものでした。また、9という数字は中国全土が9つの州から構成されていたことによります。この辺りも中国の影響を強く感じますね。
世祖廟(テート―廟)の中は撮影禁止でした。1981年に建てられてたもので、歴代皇帝のうち、5、6、13以外の10人の皇帝の位牌が祀られています。5代と6代皇帝は廃位され、13代皇帝は退位してフランスに亡命したため位牌がありません。
ツアーに参加してしまったのが宿命ですが、ガイドさんがどんどん先に進んでしまうので、あまり時間を掛けて見学できなかったのが残念ではあります。
◆世祖廟(テート―廟)
世祖廟から奥に進んだエリアには、いくつかの門があり、いずれも見応えがありました。手入れの行き届いた庭園も見事です。
◆世祖廟近くの門(崇成門)
◆篤祐門
奥に見えるのは王宮の西側に位置する彰徳門です。
◆彰徳門
王宮の西側には、興廟、延寿宮などもあるのですが、このツアーでは省略となりました。
王宮の中央に移動すると、最初に見た大和殿の奥にある右廡と左廡が見えてきます。高級官吏の詰め所になっていた左右対称の建物で、右廡は武官が、左廡は文官が使用していました。
◆右廡と左廡
ここには売店やトイレがあり、しばしの休憩タイムとなりました。ここまでで約1時間経過していますが、既に体力的には限界でした。ただでさえ聞き取りにくいガイドさんの言葉は全く耳に入らなくなり、何とかついていくだけで精一杯でした。
休憩後は、左廡の中にある、王宮の復元モデルや金印などを見学しました。
◆左廡の中
右廡と左廡の奥は紫禁城となっています。皇帝の政務および生活空間で、周囲約1km(東西342m、南北308m)の高さ3mの壁に囲まれ、勤成殿、乾成殿、坤泰殿といった建物がありましたが、フランスとの戦争で破壊されてしまい、現在はそれらを結んでいた回廊のみが残っています。このツアーでは回廊などの見学は省略され、このまま東に向かいました。
途中、日成樓という印象的な建物がありましたが、これについては情報が少なく何の建物が良く分からずじまいです。また、近くには太平樓という第3代皇帝の書斎として建てられた木造建築物があります。後から調べてみると、これらの建造物も見応えがあるようです。
◆日成樓
次に見えてくる閲是堂はベトナム最古の劇場で、1826年に2代皇帝のミンマン帝(明命帝)の命により建てられました。1日に2回、かつて皇族のみが楽しんだ宮廷雅楽と舞踊を楽しむことができます。閲是堂については、入口だけ少し覗いて王宮の南東に向かいます。
◆閲是門
最後に見学したのが、王宮の南東のエリアで、太廟と肇廟があります。肇廟は、江南朝の太祖ディエン・グエン・ホアンの父、グエン・キムを祀っています。こちらについては廟内を見学しました。
◆肇廟
王宮の東に位置する顯仁門から出た後は、初代皇帝のザーロン帝(嘉隆帝)が造らせた9つの大砲を見て完了です。
◆顯仁門
◆大砲(九位神公)
今回のツアーでは、王宮については約2時間の観光となりましたが、本当に重要な場所しか見ることができませんでした。全部をゆっくり見て回るとなると半日~1日程度は必要だと感じます。かと言って、この時は暑さで参っていたので、1日かけて観光するのは現実的に無理でした。何にせよ、王宮自体は見どころばかりで、これを見学するためにベトナムに行く価値はあると感じました。
ティエンムー寺
■11:00 ボート乗り場到着
王宮を出た後は、バスで新市街側にあるボート乗り場まで移動しました。次の観光名所であるティエンムー寺までは、観光船によるリバークルーズを楽しみながらの移動となります。ティエンム―寺は王宮からフォン川に沿って西に約4.5km行った場所にあります。
ボート乗り場とは書きましたが、桟橋のようなものがあるわけでもなく、浅瀬に停泊している観光船には粗末な板が架けてあるだけで、この上を通って乗り込みます。観光船についても、なかなか年代を感じる船体で、先頭に2匹の龍の頭が付いているのが特徴です。
船の中は外と同様に大変暑かったのですが、動きだしてからは風の通りが良くなって涼しくなりました。
◆ボート乗り場(新市街側)
◆観光船
◆観光船からの景観
船からのフォン川の景観を楽しんでいるのも束の間、約20分でティエンムー寺のすぐそばにあるボート乗り場に到着です。ボート乗り場からお寺の敷地までは高低差があって、石段によって結ばれています。
■11:30 ティエンム―寺着
フエには300を超える寺院がありますが、その中でも最も古くて美しいのがティエンムー寺です。創建は1601年です。漢字で書くと「天姥寺」となります。
石段を挟んで見える仏塔はトゥニャン塔(慈仁塔)と言い、2本の石柱(華表柱)も組み合わさって高低差のある、大変素晴らしい景観を演出しています。
◆トゥニャン塔(慈仁塔)
高さ21.24mのトゥニャン塔は3代ティエウチ帝(紹治帝)により建てられました。
敷地内からはフォン川を見下ろす形で景観を楽しむことができます。
◆ティエンムー寺から見えるフォン川
トゥニャン塔の左右後方には、六角碑亭と六角大鐘楼があります。
◆六角大鐘楼
ティエンム寺の玄関口となっている三重門をくぐって本堂である大雄殿に向かいます。
◆三重門
◆大雄殿(ダイフン殿)
敷地内に異彩を放っていたのが、一角に展示されているイギリス製の自動車です。ベトナム戦争中、フエは南ベトナムに属していたのですが、当時の政権はキリスト教徒が多く、仏教は弾圧の対象となっていました。これに対してティエンム―寺の住職が政府に抗議するためサイゴン(現在のホーチミン)まで乗ったのが、こちらの自動車となります。住職はアメリカ大使館前でガソリンを被って焼身自殺したことで大変有名なんだそうです。
◆イギリス製の自動車
美しく手入れされた庭園も見どころの一つです。
◆庭園
一番奥にあるのが、敦厚澄源和尚塔で、ティエンムー寺の高僧を祀っています。
◆敦厚澄源和尚塔
古い庭園のある邸宅
■12:20 邸宅着
旧市街の王宮周辺には、グエン朝時代の官吏や貴族が住んでいた邸宅が点在しています。今回のツアーでは、ティエンムー寺から800mほどフエ中心部に戻ったところにある邸宅を見学しました。こちらの邸宅では、「Mandarin Coffee & Restaurant」というお店が営業していました。
◆Mandarin Coffee & Restaurant
100年以上の歴史を持つ庭園は、色とりどりに植物が植えられており、フエの伝統的建築様式による建物と合わさって良い景観を作っていました。
◆庭園
Restaurant Rose2
■13:00 昼食
昼食は、新市街のウォーキングストリート近くの「Restaurant Rose2」というお店で頂きました。スタンダードなローカルフードを提供するお店のようです。
◆入口
フエに来てから全くローカルフードを口にすることができていなかったため、ちょうど良い機会になりました。
バイン・セオは、日本ではベトナム風お好み焼きと紹介されている料理で、パリパリの米粉の生地で野菜や肉などの具材を包んだものです。
◆バイン・セオ
フエで一度は食べたいと思っていたのがブン・ボ―・フエです。フエで生まれた麺料理で、フォーとの違いとして細麺が特徴です。牛肉ベースのスープは私好みの薄味で、麺はそうめんに近い食感で食べ易かったです。
◆ブン・ボ―・フエ
バイン・ボット・ロックは、エビと豚肉の脂を半透明の外皮で包んだ料理で、酸味のあるタレに付けて食べます。外皮がゼリーのような独特の食感で、食べ慣れていないせいか、何とも言えない不思議な味でした。
◆バイン・ボット・ロック
ミンマン帝陵
■14:10 ミンマン帝陵到着
午後からフエの郊外にある観光名所を巡ります。まず向かったのがフエ中心部から約13kmほど南に行ったところのミンマン帝陵です。フォン川沿いの小高い場所にあります。第2代皇帝ミンマン帝(帝明命帝)の陵墓となります。1840年から3年かけて建設されました。ミンマン帝は西洋文化を嫌い、中国文化、儒教的思想を重視していたため、陵墓は中国のものを参考にして造られています。ミンマン帝はキリスト教の弾圧や宣教師の処刑をしたため、後のフランスによる植民地支配のきっかけと作ったと言われています。
昼食の休憩で大分体力は回復したものの、外の暑さは尋常ではなく、少し歩くだけであっという間に汗だくになってしまいました。ミンマン帝陵は思った以上に広くて、炎天下の中での観光は大変厳しいものがありました。個人で観光する場合は、午前中の体力のあるうちに来ることをオススメします。
バスから降りて気づいたのですが、午前中参加していた何名かは外れて、逆にヨーロッパからのお客さんが増えました。
入口になっている左紅門をくぐると入場ゲートがあります。こちらの入場料は15万ドン(約960円)と記載されています。当時の雰囲気を感じさせる趣きのある門です。
◆左紅門
しばらく歩くと見えてくる広い空間が拝庭で、左側に見えるのが正門の大紅門です。この門は皇帝の遺体を運び込んだ時に一度だけ使用され、以後閉じています。観光客は先ほど通った左紅門や右紅門を使用します。大紅門の手前には石像が並んでいたりと、景観の良い場所だったのですが、暑さで大分思考回路がやられていたようで写真などの記録が残っていません。
◆大紅門
奥に進むと見えてくる碑亭にはミンマン帝の功績を称える碑石が置かれています。
◆碑亭
碑亭から遠くに見えるのが顕徳門です。この光景を見たときに、この距離を歩く必要があるんだという絶望感は今でも記憶に焼き付いています。普段であれば大した距離ではないのですが、あるか遠くにあるかのような感情を抱きました。日差しを遮るものがなく、炎天下の中、ヒィヒィ言いながら先に進みます。顕徳門は寝殿(崇恩殿)の前門となります。入口は3つありますが、真ん中は皇帝専用として閉じられたままです。観光客である我々は左右の入口から入ります。
◆顕徳門
寝殿である崇恩殿の中には、ミンマン帝と皇后の位牌が祀られています。崇恩殿の中は、朱色を基調とした美しい空間でした。
◆崇恩殿
◆崇恩殿の中
崇恩殿の先もまだまだ続きがあります。次の写真は崇恩殿の裏にある門から見える景観です。高低差と両脇に咲いているチャンパフラワーの組み合わせが素晴らしく、大変良い景観を作っています。奥に見える建物が明楼で、手前の澄明湖に架かっている橋は中道橋と言います。
◆中道橋と明楼
明楼の先の景観です。奥に見えるのは澄明湖とは別の、三日月型の新月池とそれに架かっている聡明正直橋です。道は続いていますが、この先には特に見どころは無いらしいので、これ以上は進みませんでした。
◆新月池と聡明正直橋
帰りは澄明湖に沿いの道を通って帰りました。自然豊かな美しい庭園として整備されていました。
◆帰り道の風景
カイディン帝陵
■15:10 カイディン帝陵到着
ミンマン帝陵の次は、約4km東にあるカイディン帝陵です。第12代皇帝カイディン帝(啓定帝)の陵墓です。こちらの陵墓は他の陵墓と比べると、西洋の建築様式が取り入れられているのが特徴です。カイディン帝はフランスにより擁立されたこともあって、フランスに対して融和的だったのが良く表れています。
階段の手すりには龍の彫刻が施されていて、西洋と東洋の文化が融合した独特の雰囲気を感じ取ることができます。
◆最初の階段
最初の階段を登り、入場口を抜けた先の階段が大変素晴らしく見応えがありました。グエン朝王宮やミンマン帝陵でも見た碑坊ですが、こちらについても西洋の建築様式によって造られており、雰囲気が全然違うのが面白いところです。
◆碑坊
碑坊をくぐると拝庭となります。真ん中にあるのが碑亭で、皇帝の功績が称えられた碑石が置かれています。
◆碑亭
碑亭の周囲には石像が置かれていました。スケールは遥かに及ばないものの、中国の兵馬俑を想起させるものがありました。
◆拝庭の石像
◆華表柱
拝庭から階段を上がると見えるのが礼拝堂と墓所が置かれた啓成殿です。
◆啓成殿
◆礼拝堂
墓所には金箔が施されたカイディン像が置かれています。この像の地下9mに遺体が安置されています。カイディン像の周りの装飾が大変見事で印象に残っています。
◆墓所
礼拝堂のモザイク装飾も緻密で見応えがありました。
◆モザイク装飾
◆左右のホール
線香の村
■16:10 線香の村到着
カイディン帝陵からフォン川に沿って6~7kmほどフエ中心部に戻った場所に、「線香の村」と呼ばれる観光名所があります。この村については、このツアーに参加するまで全く知らなかったのですが、写真の写り映えが良いスポットとして人気を集めているそうです。
線香の村はグエン朝時代から存在し、王宮をはじめ官吏や地元の人々に線香を供給する役割を担っていたそうです。
◆線香の村
ヴァンカインの丘(Vong Canh Hill)
線香の村からすぐのところにあるヴァンカインの丘で、夕方のフォン川の景観を楽しんでツアーは終了となります。
◆ヴァンカインの丘



































































































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