トルコ世界遺産巡りの旅 4日目後半
昼食後、バスで走ること2時間、コンヤの街に入ります。
さて、コンヤという街(正確には市ですが)、エフェソス遺跡と同様ノーマークでした。現地ガイドさんによると、
- 人口は約122万人でトルコ内陸アナトリア地方の主要都市のひとつである。
- イスラム神秘主義の一派メヴレヴィー教団の発祥の地として知られる。
- 1077年にルーム・セルジューク朝が首都をニカイア(現在のイズニク)からコンヤに移した後発展を遂げ、13世紀頃に最盛期を迎える。
- 新石器時代の遺跡であるチャタル・ホユックがあり世界遺産となっている。
とまあ、非常に古い歴史を有しており重要な都市であることが分かります。トルコは本当に歴史と文明の宝庫ですね。この旅では自分の無知を思い知らされる毎日です。
コンヤは宗教都市と呼ばれるだけあって、バスの車窓から眺めていると、ビジャブというスカーフのような布を被った女性が多いのは勿論ですが、ニカーブという目以外を覆い隠した女性もちらほら見かけます。コンヤはイスラム原理主義者が多いとか。こういう風景を見慣れていないので、ついつい目が行ってしまいます。宗教色が強いからなのか、大都市なのにどこか落ち着いた雰囲気を感じさせる魅力的な街です。
コンヤでの観光はメヴラーナ博物館だけとなりますが、その前にインジェミナーレ神学校に立ち寄り外観だけ見学します。1265~67年に神学校として建造されたもので、現在はイスラム関係の彫刻を展示する博物館になっています。インジェミナーレとは「細長い劣塔」を意味し、元々現在の3倍の長さの塔だったとか。ターコイズブルーが目を引きますね。
また、正門に施されたアラビア文字や幾何学模様が大変美しいです。これらはセルジューク様式の代表作となっており、当時の文化度の高さを垣間見た気がします。
バスはこの神学校の前の通りに停車したのですが、この辺りは交通量が多く長居できないそうです。10分ぐらいすると、早速、パトカーがやってきて移動するよう促されます。こちらの警察官は仕事が早すぎですね。
15分程でメヴラーナ博物館に到着しました。すぐ近くにセリミエモスクという一際目を引くモスクがあります。1570年にオスマン帝国セリム2世の命で建造され、コンヤの信仰の中心になっています。これと同名のモスクがエディルネにもあり、そちらは世界遺産になっています。
メヴラーナ博物館は、イスラム神秘主義の一派、メヴレヴィー教団の創始者メヴラーナ・ジェラールッディン・ルーミーの霊廟です。スカート状の衣をまとった信者が音楽に合わせてクルクルと回転するセマーという宗教行為で知られます。
現在は博物館として公開されていますが元々はモスクだったそうです。緑色の円錐形の屋根が目を引きますね。霊廟というだけあって、観光客だけでなく信者と思しき方々も大勢います。
博物館内は土足厳禁となっており、入口でビニール袋を靴に被せて入場します。入り口に入ると、メヴラーナが語った韻文のカリグラフィが展示されています。
奥に行くとメヴラーナの棺があります。天井や周囲の壁に施されているきめ細かい装飾に目を奪われます。ニカーヴやチャドルを纏った女性が大勢おり、クルアーンらしきものを片手にお祈りを捧げています。このような信心深い人々を見ると、何か身の引き締まる思いがします。なんて偉そうなことを書いていますが、この時こちらの女性は彫りが深くて綺麗ですねーなんて会話をしていたわけなんですが。。。
メヴレヴィー教団は、1925年に脱イスラム・政教分離を進めたアタチュルクの命令により解散させられ、霊廟が博物館として一般公開されました。我々世俗にまみれた観光客は、これら政策のおかげでスマートフォン片手に見学できるようになったわけですが、信者の方々の目にはどう映っているんでしょうか。
隣の部屋にはメヴラーナの愛用品や衣服、工芸作品、クルアーンの写本等が展示されており、中央のガラスケースにはムハンマドの顎鬚を収めた小箱が置かれています。
博物館の周囲にも様々な展示物があったのですが、時間があまり無かったのでゆっくり見学できませんでした。博物館の裏側はバラの庭園があり大変綺麗に整備されています。かつてセルジューク朝宮殿のバラ園だったそうです。
庭園の近くにカフェがあったのですが、ここにきて初めてトルココーヒーを頂きます。トルココーヒーは砂糖を入れるのが基本らしく、注文すると入れる砂糖の量を聞かれました。良く分からないので取りあえず普通の量をお願いしました。すると店員さんが小さい鍋らしきものにコーヒーや砂糖を入れて火にかけました。全く予備知識がなかったので、コーヒーの淹れ方からして新鮮でした。飲んだ感想なんですが、味が強いと表現したら良いのか、粉っぽいと言ったほうがいいのか、これまで飲んだコーヒーとは全く別物です。
メヴラーナ博物館の観光を終え、宿泊先のRIXOS KONYA HOTEL(リクソスコンヤホテル)に移動します。当初の予定では別のホテルが宿泊先となっていたのですが、ツアーの直前に天井が落ちるという事故があり急遽変更になりました。
コンヤでは一際目立つ高層のホテルです。元々ヒルトンホテルだったところで、現在はロシア資本となっている5ッ星ホテルです。国際会議でも度々使われるとか。当初のホテルはこれより大分ランクが落ちるようなので、我々は事故の恩恵を受けたわけです。阪急さんは大分頑張ったようですね。果たしてこのツアーは採算が取れているのでしょうか?この辺のいやらしい話を日本人ガイドさんに聞いたところ、ガイドさんは阪急さんに所属する社員ではなく、ツアーガイドを専門としている会社に所属しており、阪急さんからガイドの仕事を請け負って業務を遂行しているとのこと。ツアー全体の経費や利益の管理には無関係だそうです。所謂下請け構造というやつですが、旅行業界もゼネコンに似ているんですね。ちなみに、このガイドさん、てるみくらぶの仕事も請け負ったことがあり、それもツアー中に倒産するという修羅場に遭遇したとか。ガイドさん達の間では、大分前からてるみくらぶは危ないという認識があったらしいですが、この辺の話も色々興味深いものがあります。
部屋は広くてとても綺麗です。またハプニングでもない限り今後このような5ッ星ホテルに宿泊することはないような気がします。
夕食は恒例のバイキング形式でしたが、これまでのホテルより一段上でした。私は分からなかったのですが、スープは一流ホテルの味だそうです。肉類も柔らかくて高いものを使っているようです。チーズや果物、スイーツも種類が多く初めて見るものもありました。
4日目にもなるとツアーに参加した方々のバックグランドも段々分かってきます。ツアー参加者は28名ですが、うちペアで参加したのは10名ほど(5組)。半数以上がお一人様です。面白いのは夫婦やカップルで参加している人が皆無だったこと。配偶者の方があまり旅行好きではないので、一人で参加している方が結構いました。皆さん旅行経験が豊富で、10ヶ国、20ヶ国を旅行している人はざらにいました。こういう方々から以前行った旅行先の情報を色々聞けたのは幸運でした。
この日も夕食後はお風呂に入ったら強烈な睡魔が襲ってきて速攻で就寝となりました。















コメント