2025年3月4日(火) 2日目
ホテルの朝食について
昨晩は、移動続きで疲れた影響か早く寝てしまったのですが、途中目が覚めることもなく朝まで爆睡でした。身支度をしていると7時を過ぎたので1Fのレストランで朝食を頂きます。レストランは広く、モダンで落ち着きのある内装でした。こちらではビュッフェ形式の朝食となっており、メニューが充実していて蘇州の名物料理を食べることもできました。蘇州では蘇州麺だけは食べたいと思っていたのですが、わざわざお店を探さなくてもこちらのホテルで済んでしまいました。蘇州麺は日本のスタンダートな醤油ラーメンに近く、麺は細麺で、これに野菜やチャーシューなどの具をトッピングして食べるのですが、期待通りの食べやすさと美味しさで満足です。他にも小籠包や肉まんといった料理も並んでおり、これに加えてサラダや果物も種類が多く、ケーキなどのデザートも用意されており食べ応えがありました。ここ何年間かで利用したホテルの朝食で一番良かったと思います。初日だったこともあり、興味が湧いた料理を片っ端から食べたので、明らかに許容量をオーバーしてしまい、この日は午後になっても食事する気が起きませんでした。
◆1階レストラン会場
◆朝食
蘇州麺以外で記憶に残ったのが「桂花蜜汁藕」という料理で、日本語に直訳するとキンモクセイ風味もち米蓮根という料理です。江南地方の伝統的な名物料理と紹介されています。蓮根にもち米を詰めて、キンモクセイソースと蜂蜜で煮詰めたもので、お菓子のような食感と甘さで上品な食べ物でした。この時は、材料が蓮根だと分からなかったのですが、さすが中国、面白い料理がありますね。
◆キンモクセイ風味の蜂蜜ともち米蓮根
レストランから部屋に戻る途中、私が宿泊していた5階だったか6階には屋外のテラス席が設けられているのに気づきました。これ以外にも、フィットネスジムの設備も揃っており、ホテルでゆっくり過ごすこともできます。一応、Trip.com上は3つ星ホテルなんですが、個人的には4つ星と言っても良いぐらいの満足度でした。
◆屋外テラス
盤門景区
蘇州を観光できるのは実質今日1日のみです。あいにく朝から天候が悪く、気温も低いので観光するには最悪のコンディションです。蘇州には数多くの観光名所があり、さすがに1日で全部を回るのは不可能なので、この中からいくつかピックアップして行きたいと思います。
蘇州の歴史は今から約2,500年前の紀元前514年、春秋時代の呉王闔閭(こうりょ)がこの地に周囲25km(東西3km、南北4km)の城壁を備えた都城を築いたのが始まりとされており、これが旧市街と呼ばれるエリアであり、その外側には「外城河」という運河が旧市街を囲んでいます。城壁には8つの門があったとされていますが、この中で唯一現存するのが旧市街の南西に位置する「盤門」です。この盤門があるエリアは「盤門景区」として整備されています。
春秋時代の呉は越(現在の紹興あたり)とのライバル関係が有名で、「臥薪嘗胆」や「呉越同舟」などの四字熟語の元になっています。また、呉王の闔閭よりも、これを補佐した伍子胥や孫武が大変有名です。孫武はあの孫子の兵法書の作者とされている人物です。
8時を過ぎ準備も完了したので、ホテルを出発することにしました。昨日と同様の寒さですが、比較的小雨で、ギリギリ観光できる状況ではあります。まあ、今日しかないので行くという選択肢しかないわけですがw 盤門景区へのアクセスは大変良く、地下鉄を利用することで簡単に移動できるのですが、通勤の時間帯だったので、列車の混雑が心配ではありましたが、北京の地下鉄で経験したようなぎゅうぎゅう詰めといった感じにはならず、比較的余裕がありました。
まずは1号線で相門駅から楽橋(乐桥)駅に移動し、4号線で南に向かい南門駅で降りました。南門駅は空いており、人の姿がほとんどありませんでした。6番出口から出て、1kmほど歩くと盤門景区と思しき門が見えてきました。相変わらず人の気配はなく、それなりに有名な観光名所のはずなんですが、不安になってきます。
◆盤門景区を書かれた門
門をくぐると、お土産屋さんなど軒を連ねており、門前町のような雰囲気になってきました。ほどなくして、盤門景区の入口に到着です。入口の手前からは立派な塔が見えます。工事中の場所があり、景観としては少し残念な感じになっていました。
■8:55 盤門景区到着
◆盤門景区入り口
入場ゲートの隣にあるチケット売り場には誰もおらず、入場ゲート付近にスタッフの女性が1人ポツンと立っているだけです。予想していたことではありますが、入場チケットはWeChatのミニプログラムから購入する必要があるようです。まだWeChatに慣れていないこともあって、窓口で購入したかったのですが、選択肢はなさそうです。一応、ミニプログラム自体は昨晩ダウンロードしておいたので、そこからチケットを購入しました。初めての経験であり、勿論中国語の画面しかないため、スタッフの女性に画面を見てもらって、購入するチケットが間違っていないのを確認してから決済しました。料金は40元(880円)です。無事決済が完了すると、QRコードが表示されるので、これをゲートの読み取り機にかざすことで入場できました。
ゲートを抜けると入口の前から見えていた、大変見事な7層の塔が目の前にそびえ立っています。これが「端光塔」で、三国時代の247年、呉(東呉)の孫権によって母の恩に報いるために建てられたのが始まりで、蘇州最古の古塔です。13層の塔として建てられましたが、現存してるのは1004年に八角7層の塔として再建されたもので、唐と宋の古代塔の建築様式を残しています。ここでも呉という国名が出てきますが、歴史上、春秋時代の呉と区別するため東呉と呼ばれています。
孫権は呉(東呉)の初代皇帝となった人物で、劉備や関羽、曹操に比べると若干マイナーではありますが、三国志が好きな人であれば皆知っています。こんなところで三国時代が登場するとは思っても見なかったので、蘇州という地が一気に身近に感じた瞬間でもあります。なお、別途料金となりますが、端光塔には登ることもできます。
◆端光塔
景区は「一池三山」と呼ばれる伝統的な庭園のレイアウトが採用されています。盤門に呉門橋、端光塔が主な見どころであり、これらは盤門三景と呼ばれています。
◆盤門景区地図
予備知識がほとんどなかったので、どこに何があるのか良く分かっておらず、とりあえず奥に向かって歩いてみました。端光塔の次にあるのが四端堂で、ここから二手に分かれます。
◆四端堂
通路を進むと中央の池が見えてきました。夜になるとお決まりのライトアップがされるようで、そのための照明器具などが無造作に並んでいるのが、気分が削がれる点でもあります。
◆中央の池付近の景観
照明器具が映らない場所を探して撮影してみました。春はもう少し先ですが、いくらか草木が咲いており、遠くに見える端光塔とのコントラスが良くて風情がありました。
◆端光塔(中央池付近からの景観)
伝統的な庭園が何たるかは全く分かっていませんが、中国歴史ドラマで見たことがあるような建物や曲がりくねった回廊が中央を池を取り囲むように配置されています。この時は、雨も強くなって寒かったのですが、そのおかげか観光客の数も少なく静かな雰囲気の中散策することができました。この後に観光した拙政園などに比べると認知度が低いのか、あちらこちらで見かけた漢服を着た若い方々の姿もありません。
◆双亭廊橋
◆唐井
池を挟んで四端堂と向かい合って建っているのが麗景楼です。
◆麗景楼(丽景楼)
端光塔、四端堂、麗景楼は一直線に並んでいます。麗景楼からの景観は、やはり照明器具が景観を損ねていますw
◆麗景楼からの景観
ひとまず庭園については大体見終えたので、南西ある盤門に向かいます。
盤門は陸門と水門を並列に備えた構造となっており、世界でも唯一現存する形を留めている大変珍しい古城門だそうです。実は、この時は水門があることは知らず、陸門の方だけを写真に収めています。陸門だけでも十分見ごたえがあったので個人的には満足しています。
◆盤門(陸門)の外側
盤門をくぐって内側から見た景観です。内側は四方を城壁に囲まれており、侵入した敵を城壁の上から攻撃できるように作られています。日本の城郭でいうところの虎口と同じ役割でしょうか。また、門の反対側には入場ゲートが設けられており、南側から入場することも可能です。
◆盤門(陸門)の内側
◆南側のゲート
景区の南側にある城壁には登ることができるので、上がってみます。石の階段は勾配はさほどきつくはないものの、雨で滑りやすくなっていました。
◆城壁
◆城壁の上から見える盤門
城壁の南側の運河に掛かっているのが、盤門三景の残りの一つである呉門橋です。蘇州に現存する最も高いアーチ状の石造橋です。北宋時代の1084年に初めて建設され、現存しているのは清朝時代に再建されたものです。呉門橋は景区の有料エリアの外側にあり、橋の近くに行くためには、南側のゲートから出る必要があります。景区内を見終えてから、南側のゲートから出て見て行っても良いのですが、その場合、南門駅に戻るのが少し大変になりそうだったので、ここから見るに留めました。城壁の上からだと良い角度で見える場所がなく、正面からのみとなります。
◆呉門橋
城壁は数百メールほどの長さがあり、奥の方まで歩いてみましたが、特筆すべきものはありませんでした。
◆城壁の上の景観
盤門近くには伍子胥を記念して建てられた寺院「伍相祠」がありました。伍子胥は日本でもそれなりに知られている歴史上の人物ですが、盤門近くという絶好の場所に立派な寺院を建てることからも、蘇州では大変尊敬されているのが伺えます。伍子胥についてはウィキペディアなど多くの場所で書かれているので、深く言及しませんが、呉王の闔閭を補佐して呉の富国強兵に尽力した人物で、その実績もさることながら、波乱万丈に富んだ人生が多くの人の心を捉えています。
◆伍相祠の入り口
伍相祠の西側には本堂があり、伍子胥の像が祀られています。
◆本堂
◆伍子胥の像
東側には美しく手入れされた中庭があり、こちらも見ごたえがありました。
◆中庭
盤門景区は歴史にゆかりのある観光名所であり、個人的には蘇州で一番行きたかった場所でもあるのですが、世間一般には知名度がイマイチのようで、山塘街や拙政園などに比べると明らかに観光客の数が少ないようでした。この後は、来た道を戻って一旦ホテルに戻りました。
山塘街
ホテルで休憩をしながら、地球の歩き方や地下鉄の路線図を睨めつつ、この後の予定を考えます。時間帯的に、お昼も食べられそうな場所として、蘇州の北西にある山塘街が良さそうなので行くことにしました。蘇州は東洋のベニスとも呼ばれる水の都でありますが、この雰囲気を一番感じられる水路の街として有名です。山塘街もアクセスが良く、地下鉄で行くことができます。
南門駅から4号線乗り、楽橋(乐桥)駅で1号線に乗り換え、さらに広済南路2号線で北に進むと数駅で山塘街駅に到着です。こちらでは駅構内にも大勢の観光客の姿がありました。私のように券売機で乗車券を買うお客さんの姿もあり、いかにも観光名所という雰囲気が出ています。
3番出口から歩いて間もなくすると新民橋が見えてくるのですが、橋の上からはあのガイドブックなどでおなじみの風情のある水路の景観が見えてきました。
■12:30 山塘街到着
◆山塘街の景観
山塘街は唐代を代表する詩人白居易が蘇州の役人時代に作った水路の街です。虎丘と蘇州城を結ぶ運河(約3.5km)の開削と共にできた街で、姑蘇第一民街と呼ばれるそうです。
◆山塘街の地図
新民橋はアーチ状の石造橋で、少し離れたところからの景観はこんな感じになっています。絶好の撮影スポットなので多くの観光客が橋の上に集まっています。
◆新民橋
運河沿いには多くのお店が軒を連ねています。トイレなどの設備も整っており、観光し易いように見受けられました。先ほど、観光客が多いとは書きましたが、動画で見たことのあるような通りを埋め尽くさんばかりの人の数という景観からは程遠く、比較的静かでした。
◆山塘街
橋のたもと付近には「松鹤楼」という雰囲気のある店構えのレストランがありました。蘇州料理を食べられる有名店だそうです。
◆松鹤楼
運河が外城河と交わる辺りまで歩くと、観光船乗り場らしき場所がありました。水上タクシーのような感じで虎丘などへ移動できる観光船があるらしいのでが、これかどうかは分かりません。
◆観光船乗り場
いくつか有料で見学できる建物はあったのですが、あまり興味が惹かれないのでスルーしました。新民橋に戻り、反対側も見てみます。場所によっては、生活感のある観光地化されていない景観もあり、個人的にはこちらの方が気に入りました。
◆運河の景観
◆新民橋の北西側
北西側も少し歩いて見たのですが、同じような景観が続き、この先は何も無さそうだったので途中で引き返しました。多くの食べ物屋さんも見かけたのですが、あまりお腹が減っていなかったこともあり、お店に入る気分にならず、どこにも寄らず山塘街駅に移動しました。
虎丘
予定より早く山塘街の観光を終えてしまい、少し時間に余裕ができたので、計画に入れていなかった虎丘に行くことにしました。虎丘は呉王闔閭が葬られた小高い丘で、歴史にゆかりのある観光名所なので、中に入らなくても良いので一目見ておきたいという思いがありました。虎丘は山塘街から直線距離が3.3kmと比較的近いのですが、以前は観光船で移動するのが主な手段だったようで、陸路だと良いアクセス手段がなかったのですが、現在は新しくできた地下鉄6号線を利用すると簡単にアクセスできます。
■13:20 虎丘到着
山塘街駅から2号線で平河路駅に移動し、6号線に乗り換えて数駅で虎丘駅に到着です。時間にして20分ほど、蘇州の中心から離れた路線なので列車内はガラガラでした。虎丘駅から外に出て少し歩くと、山門が見えてきました。観光客の姿はほとんどありません。ここでガイドさんらしき女性から営業を掛けられますが、外国人である旨を伝えると去っていきましたw
◆山門(吴中第一山牌坊)
山門をくぐった辺りで、虎丘が正面に見えました。虎丘に辿り着くまで結構歩きそうだったので、今回はここで終わりにしました。今日はもう1ヵ所行きたい場所があり、これ以上腰に負荷をかけるのは難しいと判断したためです。滞在時間5分の観光でした。
◆虎丘
◆石碑
拙政園
虎丘駅に戻り、6号線で蘇州の中心の方に向かい、20分ほどで拙政園・蘇州博物館(拙政园苏博)駅で降ります。駅名からも分かる通り、今日最後の訪問先は「拙政園」です。蘇州には中国を代表する名園の数々があり、これらは蘇州古典園林と呼ばれています。この中でも、蘇州四大名園に数えられる滄浪亭、獅子林、拙政園、留園が特に有名です。ちなみに、拙政園と留園は中国四大庭園にも入る名園で、拙政園はトップに君臨しているそうです。勿論、世界遺産に登録されています。時間に余裕がなく、歴史的にも心惹かれる背景があるわけでもないため、庭園は1つ見れれば十分と考えていました。拙政園の知名度は頭一つ抜けているため、入場するためには前日までの予約が必須とされているのですが、この時期は比較的空いているようで当日でも入場できることを確認していました。
地下鉄駅から上がって外に出て、目の前の交差点を渡るといかにも観光地だと分かる通りがあり、観光案内所などの建物も見えてきました。少し歩くと、行列が出来ている場所があったので、ここが拙政園だと思ったのですが、蘇州博物館でした。そう言えば、この博物館は拙政園のすぐ近くにあったのでした。蘇州博物館は大変見ごたえのある博物館として評判で、入場料も無料のため事前の予約が必須とされています。
◆蘇州博物館
博物館の隣は「太平天国忠王府」という建物が並んでいます。世界史の教科書にも載っているので、日本人でも太平天国の乱という言葉を知っている人は多いと思うのですが、忠王府は太平天国が蘇州で本部にしていた拠点です。
◆太平天国忠王府
■14:00 拙政園到着
さらに進むと拙政園が見えてきました。最初入口だと思ったのは出口で、さらに進んだ先に入口がありました。入口付近では早速、漢服を着た女性が並んでいたりと、盤門の時とは明らかに客層が違うのが面白かったです。
こちらでもチケットが買えそうな窓口が見当たらなかったため、WeChatでチケットを購入しました。料金は70元(約1,500円)です。WeChatでチケットを購入するのはまだ2回目ですが、多少は操作に慣れてきたこともあり、大分抵抗が無くなってきました。使い始めると便利で、これはもう現金の時代には戻れないのが肌感覚で分かってきます。行列の前でスマートフォンを操作していると、何名かのガイドさんから営業を掛けられましたが、皆さん私が外国人だと分かると去っていきましたw
◆入場ゲート
入り口ではあまり並ぶことなくスムーズに入場できました。パスポートの提示が必要とか書いてあったのですが、特に求められませんでした。
拙政園は、明の時代(16世紀初頭)、失脚して官職を追われた御史の王献臣が故郷の蘇州に戻り、元々この地にあった寺院跡地を買取り庭園を建造したのが始まりとされています。拙政園の名前は、西晋時代の文人藩岳が詠んだ閑居賦の一節「拙者之為政(愚か者が政治を行っている)」から来ています。失脚した王献臣の心境が良く表れていますね。
入口を始め、門は通常の門とは異なる独特の円型で、これは円洞門と呼ばれるそうです。また、凹凸のある石が配置されていますが、これは太湖石という石灰石です。
◆入口
拙政園の敷地は広大で、全体の5分の3を池が占めています。園内は東園、中園、西園の3つから構成されています。入口は地図の右下に位置しています。
◆地図
入口を抜けてすぐのところに蘭雪堂があります。蘭雪堂の名前は、李白の詩の一句から取られているそうです。光が反射して上手く写真が撮れなかったのですが、中には彫刻と言ってもいいのでしょうか?拙政園の全体図にもなっている見事な作品が展示されていました。
◆兰雪堂(蘭雪堂)
蘭雪堂の先は東園で、この辺りは庭園というよりは、自然豊かな公園という雰囲気でした。拙政園は、もう少し先、草木が生い茂る時期に来るべきなのが良く分かります。この時期が空いているのも納得です。手前の池を挟んで奥に見えるのが天泉亭です。
◆兰雪堂近くの景観
予備知識が全くないまま観光していたので、最初は順路の矢印に従って進んでいたのですが、途中から現在地が分からなくなって別の方向に行ってしまいました。基本的には、東園は後回しにして最初は中園に向かうのが良いそうです。この時は、東園と中園の中間点辺り、いくつかの建物があり、南北が狭い回廊で結ばれている場所があったので、とりあえず北に進んでみると、梧竹幽居があり、ここからの景観がひと際良かったので記憶に残っています。左手前に見えるのは待霜亭です。梧竹幽居は、四方に丸い開口部のある独特の建物で、Youtubeなどでも良く紹介されています。
◆梧竹幽居
◆梧竹幽居近くからの景観
順路から外れたことに気づきましたが、このまま進みました。北端に辿り着いてから長い一本道を西に向かいます。見山楼が見えてきました。見山楼は陶淵明の詩が由来とされています。
◆見山楼
倒影楼の近くまで来ました。この辺りから西園となります。ここに来て、やっと地図を見ながら自分がどこにいるのか確認しながら見学することにしました。
◆倒影楼
倒影楼から南に続く回廊は、真っすぐで平坦ではなく、左右にくねくねして勾配のある変化に富んだ作りになっています。波状回廊とも呼ばれているそうです。
◆波状回廊
回廊に沿って南に進むと、西園にある建物の中でもひと際立派な建物がありました。これが鴛鴦館(えんおうかん)で、西園の中心的な建物です。建物は内部で南北に区切られており、北側を三十六鴛鴦館、南側を十八曼陀羅花館と呼ぶそうです。中に入ると、確かに建物は真ん中で仕切られており、家具や調度品などが置かれていました。
◆鴛鴦館
◆三十六鴛鴦館
◆十八曼陀羅花館
さらに南下すると塔影亭がありました。ここが拙政園の南西の端にあたるようで、ここから北側に折り返す歩道が設けられていました。
◆塔影亭
留聴閣や浮翠閣といった建物が配置されています。
◆留聴閣
◆浮翠閣
順番は逆になってしまいましたが、中園に移動します。西園と中園の中間点となる場所に、荷風四面亭があるのですが、この辺りからの景観も素晴らしかったです。位置的には池を挟んで梧竹幽居の向かいとなります。
◆荷風四面亭
右手前に見えるのは香洲です。
◆荷風四面亭からの景観
香洲の南側はこじんまりとした狭い空間に、入り組んだ回廊、建物などが並んでおり、小飛虹という見事な橋もありました。
◆小飛虹
中園を代表する建物が中央に位置する遠香堂です。この時は何も知らずに見学していたのですが、明らかに大きさといい豪華さといい他の建物と比べて頭一つ抜けていたので、最重要の建物だと分かりました。
どうやら、拙政園の入口は元々はこの遠香堂の南にあり、当初は遠香堂が拙政園の起点となっていたようです。これは造園にあたって、まずは中園から着手が始まり、後に東園と西園が拡張された歴史に由来しています。
◆遠香堂
評判通り遠香堂の前からの景観は素晴らしく、建物が自然に溶け込むように調和しているのが見事でした。天気が良ければ、中園の東側からは九層の北寺塔が見え、これを借景とした景観が望めるようですが、この時は知るべくもありません。この庭園については、後から調べて分かることが多く、いくつもの見どころを逃しています。訪問者の教養の深さが試されるのを実感しました。
◆遠香堂からの景観
遠香堂の東には円洞門があって、この中は枇杷園という小庭園になっており、玲瓏閣という建物がありました。
◆枇杷園
◆玲瓏閣
ここまでで約1時間、午後から風が強くなって体感温度が大分低くなり、体力的にも限界だったのでこれで切り上げました。後から振り返っても色々消化不足なのを痛感しますが、予約なしで訪問できただけ良しとしたいと思います。
最後に住宅展示区を通って出口となります。トイレがこの近くにあったのですが、分りづらい場所にあり、少しウロウロしてしまいました。
◆住宅展示区
嘉奇包子
拙政園からは寄り道せず、真っすぐホテルに戻りました。本当は蘇州麺の有名店にでも行く心づもりはあったのですが、体力も気力も限界でした。今朝、ホテルの朝食で蘇州麺を食べてしまったので、モチベーションが無くなったこともあります。ホテルに入る前に、昨日から気になっていた通りの向かいにある小籠包などの包子を売っている「嘉奇包子」というお店にだけ寄りました。
こちらで買ったのは青団子というお菓子です。6個入りの1パックが15元(320円)でした。日本にもあるお饅頭に近い食べ物で、スタンダードな草餅の中にはたっぷりの餡子が入っており、疲れて甘さを欲していたこともあり美味しく頂けました。お店で対応してくれたのが年配の女性だったのですが、外国人慣れしていないのか、なかなかの塩対応で決済を完了するまでに手こずったのは良い思い出です。
◆お店の外観
◆青団子










































































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