2024年12月11日(水) 10日目
王宮とシルバーパゴダ
12/2(月)~4(水)のプノンペン滞在時は、国立博物館、ワット・プノン、セントラルマーケットといった観光名所を回りました。今回の滞在では、まだ訪問していない観光名所を巡りたいと思います。プノンペンの観光名所と言えば、「王宮とシルバーパゴダ」、まずはこちらから始めます。王宮はカンボジア国王の住居、これに隣接するシルバーパゴダは王室の菩提寺として建てられた仏教寺院です。これらの2つはセットで見学する施設で、入場チケットも共通となっています。
王宮
入口は王宮ではなく、南側のシルバーパゴダの方にあります。ホテルからは徒歩で5分の距離、ソティアロス通りを歩いて入口に向かいます。通りを挟んで王宮の反対側には昨夜訪れたロイヤルパレスパークもあります。王宮は黄色い壁で囲われており、壁沿いに整備されている遊歩道も黄色で舗装されているのが、王宮ならではの特徴です。通りと遊歩道は共に幅が広くて、さすが国王の住居前の通りだけあって別格の扱いを受けています。途中、王宮の正門である「勝利の門」があります。この門は、普段は閉じており、王室関係の行事で使用されます。黄色とエメラルドグリーンのコントラストが大変印象的な門でした。
◆ソティアロス通り
◆勝利の門
■8:50 王宮の入口到着
王宮を通り過ぎて、さらに進むとシルバーパゴダの前にある入口に到着です。
◆入口
以前は、入場時間が8時~11時、14時~17時の2部制になっていましたが、現在は8時~17時に入場可能になっています。入場チケットの料金は10ドルです。こちらではドレスコードがあるので、服装には注意が必要です。短パンや肩の出るノースリーブなどはNGです。オーディオガイドは無く、代わりに入口付近に待機しているガイドさんにお金を払って案内してもらう仕組みのようです。
最近は、チケットがQRコードが付いたレシートになる観光地が多い中、こちらでは綺麗にデザインされた厚紙のチケットでした。
◆入場チケット
裏面は王宮とシルバーパゴダの地図になっています。建物には番号が振られ、名前も書かれており見学するのに便利でした。
◆地図(入場チケットの裏面)
◆入場ゲート
入場ゲートを通ると、来た道を戻るような感じで王宮に続く歩道を歩きます。緑豊かな植物が手入れがされており、両脇には石像が置かれているなど、安易な表現となりますが、王宮らしいリッチな雰囲気が出ています。
◆王宮に続く歩道
敷地に入ると、さすが王宮と感じるような格調の高さで、黄色の建物と庭園の緑から成る景観が美しいです。植物は良く手入れがされており、無駄なく整然としています。少し遠くに見える建物は「即位殿」です。プノンペン屈指の観光名所だけあり、9時前という時間帯にも関わらず多くの観光客の姿があり、特に欧米からのお客さんが多い印象です。
王宮の歴史は、1866年にノロドム王が当時の首都ウドンからプノンペンに遷都した時、この地に宮殿を建設したことに始まります。王国の歴史や文化を反映する美しい建築様式が特徴です。屋根の辺りはカンボジアの伝統建築様式なのは伝わってくるのですが、全体からはヨーロッパの様式も取り入れているようにも感じられました。調べてみると実際そうで、当初は木造建築だったのが、フランスの植民地となった後に、フランスの建築様式が取り入れられて現在のスタイルになったようです。
◆王宮の敷地内
庭園は本当に素晴らしく見応えがありました。庭園もフランスの様式が取り入れられているようです。フランスの庭園は知りませんが、オーストリアの庭園もこんな感じだったなぁと懐かしさも感じました。
◆フランス式庭園
王宮は現国王のノロドム国王が暮らしており、公式の行事がある場合などは休館日になるそうです。また、敷地は全部見学できるわけではなく、一部(南東)のみが公開されています。
◆即位殿
即位殿の正面には先ほど外側から見た「勝利の門」が見えます。近くで見るより、少し離れて見たほうが見栄えが断然良いですね。
◆勝利の門
即位殿内部は、豪華に装飾された黄金の玉座があるのですが、中に入ることはできず、入口からの見学のみです。また、写真撮影も禁止されています。入口を入ったすぐの所にはスタッフが数名おり、監視の目を光らせていますので、コッソリ撮影するようなこともできません。
◆即位殿の入口
◆即位殿からの景観
Googleマップでは「ムーンライトパビリオン」の名前で表示されている北東にある建物、「チャン・チャーヤの館」が正式な名前のようです。北東の壁に面した場所に建っているので、外からも見ることができるのですが、夜になるとライトアップされ大変見栄えがします。
◆チャン・チャーヤの館
即位殿を挟むように、両脇にはゾウ舎(北)と宝庫(南)が対になって建てられています。
◆ゾウ舎
◆宝庫
即位殿から見て右手前には宴会ホールという建物があります。こちらでは様々な催し物が行われるようです。
◆宴会ホール
即位殿の後方には「国王の執務室」がありました。脇には「ナポレオン三世の館」という異彩を放つ建物がありました。これはフランスのナポレオン三世の妻、ユージーヌ王妃から寄贈された建物のようです。最近まで修復作業中のようでしたが、私が訪問したタイミングでは作業が終わり見学できました。
◆国王の執務室
◆ナポレオン三世の館
以上で、一通りの建物の見学を終えました。見学できる範囲が限られており、オーディオガイドを使わなかったこともあって、20~30分程度で回れてしまいました。東西が融合した独特な様式の建物は見応えがありましたが、アンコール・ワットのような圧倒的なスケール感は無く、良くも悪くも当時の苦しかった国力が反映されている規模なのが分かります。
シルバーパゴダ
王宮から中央にある通路を通ってシルバーパゴダの敷地に移動します。こちらの通路も、両脇には鮮やかな赤や黄色の植物が植えられており、植物園さながらの雰囲気でした。
◆シルバーパゴダに続く通路
勝利の門同様、エメラルドグリーンの入口が、仏教寺院ではあまり見たことのない色彩なので疑問に思ったのですが、後で述べるようにこの寺院の正式名称に関係しています。
■9:10 シルバーパゴダの入口到着
◆入口
入口を抜けると、シルバーパゴダの北側にある図書館の前に出ます。向かって右手(西)には鐘楼が見えます。早くから来ている団体ツアーの方々はまだ王宮を見学している最中で、シルバーパゴダの方にはまだ観光客の姿はほとんどありませんでした。
シルバーパゴダは王室の菩提寺であり、王室の仏教行事が行われてきた場所です。シルバーパゴダの名前は通称であり、これは床に5,000枚以上の銀タイルを敷き詰められていることから来ています。正式名称は「ワット・プレアハ・カエウ・モロコット」、日本語にすると「エメラルド仏の寺院」です。王宮の建物が黄色で統一されているのに対して、こちらはシルバーに見立てているであろう白ベースで統一されています。ゴールドの屋根とのコントラストが大変美しく感じます。1892~1902年にかけてノロドム王時代に建造されました。当時は木材とレンガで造られていましたが、後に大理石の支柱やテラスなど現代工法で再建されました。
◆図書館
◆鐘楼
シルバーパゴダの中には入って見学できますが撮影は禁止です。中央には黄金の仏像が安置され、エメラルドの名前にもなっている翡翠の仏像もありました。他にも小さい仏像、ストゥーパ、装飾品などが展示されており大変見応えがありました。
◆シルバーパゴダ
シルバーパゴダと向き合うようにノロドム国王の騎馬像があり、これの両脇に2つのストゥーパ(仏塔)が置かれています。
◆ノロドム国王の騎馬像
◆ノロドム王のストゥーパ(北)
◆アンドゥオン王のストゥーパ(南)
南東の端にも小さいストゥーパが一つあり、地図には「H.R.H NORODOM NORINDRAPONG’S STUPA」と書いてあるのですが、ネットには日本語訳を含め参考になる情報を見つけることができませんでした。大きさや配置されている場所から、歴史的にはあまり重要人物ではなさそうです。
◆H.R.H NORODOM NORINDRAPONG’S STUPA
シルバーパゴダの南には、「聖山カイラス山を模した丘」という、木に囲まれている人口の丘があるのですが、こちらは現在修復中でした。「カイラス山」はチベット高原南部に位置する仏教の聖山です。
◆聖山カイラス山を模した丘
シルバーパゴダの南西に2つのストゥーパが並んでいます。それぞれ「カンタ・ボーファ王女のストゥーパ」、「スラマリット王のストゥーパ」です。
◆シルバーパゴダ南西にある2つのストゥーパ
2つのストゥーパの背後に見えていた建物は「王家式典」の館です。
◆王家式典の館
シルバーパゴダの西にはアンコール・ワットのミニチュア模型が置かれていました。
◆アンコール・ワットのミニチュア模型
シルバーパゴダの敷地の周囲は回廊になっており、アンコール遺跡群でも良く出てきました「ラーマーヤナ」を題材とした壁画が、642mもの長さでぐるりと描かれています。こちらも大変見応えがあります。
◆回廊
シルバーパゴダは王宮よりも見どころが多く1時間ぐらい掛かりました。回廊の壁画は軽く見るに留めたので、この辺もゆっくり見学すればもっと時間が掛かると思います。
その他
シルバーパゴダの敷地を抜けると何部屋かの展示スペースがあり、クメールの伝統文化や生活様式に関する展示がされています。休憩所や売店、トイレもありました。
◆展示スペース
◆白い象
◆王家の写真
出口付近にはカフェがあり、カフェの向かいには象と馬車が展示されていました。最後、出口付近にいるスタッフの方からミネラルウォーターが一本フリーで頂くことができます。
◆出口付近の展示
◆出口
トゥールスレン虐殺博物館
午後はトゥールスレン虐殺博物館(別称:S-21)を訪問しました。カンボジアの歴史を考える上で、ポル・ポト政権が支配した時代を外すことはできません。時代と言ってもわずかに3年8ヶ月あまりですが、この間、原始共産制という極端な共産主義思想を打ち出し、急進的な社会政策を強行する中、150万~200万人が虐殺されました。これは当時のカンボジアの人口の4分の1に相当します。カンボジアの人口ピラミッドを見ると分かるのですが、40代以上の高齢者が極端に少なく、ここだけ見てもこの政権が後の世にどれだけの悪影響を与えたのかが想像できます。特に多くの知識層が虐殺された影響は甚大で、現在になっても、国の仕組みがまともに構築できていないことからも分かります。
博物館はリバーサイドからは少し離れた場所、ホテルから南西約2.5kmの位置にあり、Grabを利用して移動しました。
■13:30 博物館到着
博物館の入口には、ミストシャワーが設置されており暑さを緩和する工夫が為されていました。入場チケットは5ドル、これとは別に日本語のオーディオガイドが5ドルした。オーディオガイドは大変充実しており、これがあればガイドさんの案内が無くても十分だと感じました。主要部分だけ聞いていても1時間半は掛かります。
◆博物館入口
当時、この場所はS-21(Security Office21)と呼ばれており、元々高校の校舎だった建物を転用しました。敷地にはA~D棟の4棟の建物があり、尋問室や独房として使用されました。
オーディオガイドに従ってA棟から順番に見学する流れになっています。入場ゲートを通ってすぐのところにある14基のお墓は、この場所が発見された時に遺体のまま放置されていた人々のお墓です。S-21に収容されたのは1~2万人と言われており、このうち生存できたのはわずか12名だけです。
◆14基の無名墓地
墓の隣は、公園のような植物が植えられたスペースがあり、中央にモニュメントが建っていました。
◆モニュメント
A棟は収容者の尋問室として使用され、尋問と言う名の拷問が行われていました。収容された人達は、スパイ容疑などを名目に連れてこられ、まあ基本はでっち上げですので、本人が容疑を認めるまで拷問するという手段が取られました。オーディオガイドには具体的な描写も多く、聞いていると憂鬱になってきます。
◆A棟外観
◆尋問室
このS-21が発見された当時、尋問室の鉄製のベッドの上には死体が放置された状態でした。壁にはこの時に撮影された写真も掲示されていました。
◆発見当時に撮影された写真
B棟前にある鉄棒と思しき学校用具は拷問に使用されました。目隠しをされた収容者は意識を失うまで吊るされ、下にある人の糞尿が入った壺に頭を突っ込まれます。意識を取り戻すと再度吊るされ、これが何度も繰り返し行われます。
◆B棟前にある拷問に使用された学校用具
B棟の中は、ポル・ポト政権のリーダーたちの写真から始まり、クメール・ルージュ(ポル・ポト派)の構成員、収容された人々の写真が展示されていました。
◆ポル・ポト政権のリーダー達
◆ポル・ポト政権によるプノンペン制圧時の様子
ここで働いていたのは若い構成員というか、少年少女ばかりで、この子たちを洗脳して働かせていました。
◆S-21の職員
◆収容者
◆鉄の拘束具
C棟は、表に鉄の網が貼られています。これは拷問を苦にした収容者が、建物から飛び降りて自殺するのを防止する措置でした。
◆C棟の外観
C棟の中は独房になっています。
◆独房
最後のD棟には、拷問で使われた道具、S-21の生存者が収容時の様子を描いた絵画、犠牲者の頭蓋骨などが展示されていました。
◆拷問で使われた道具
◆頭蓋骨
D棟の前のスペースには被害者のための追悼碑が建てられています。
◆被害者への追悼碑
2001年、ポル・ポト政権によって行われた虐殺等の重大な犯罪について、政権の上級指導者・責任者を裁くことを目的としてカンボジア特別法廷が設立されました。屋外にはこの法廷の様子が掲示されていました。
◆カンボジア特別法廷の様子
オーディオガイドを聞きながら一通り見学すると大体1時間半ぐらい掛かります。救いようのない話ばかりで、どんどん憂鬱になりましたが、この歴史の闇を風化せないという本博物館の目的は達成できていると感じます。
Chinese Noodle Restaurant
博物館から出ると15時を過ぎたところでした。憂鬱な気分が晴れない中、遅い昼食と早い夕食を兼ねてこの近くにある「Chinese Noodle Restaurant」で頂くことにしました。地球の歩き方にも紹介されている中華料理のお店で、中国江蘇省出身の店主が営んでおり、安くて美味しい中華料理が食べられると書いてあり、機会があれば行きたいと考えていました。お店は、南北に伸びる大通り「モニボン通り」沿いにあり、博物館からは約700mの場所にあります。Grabで移動するほどの距離でも無かったので、この辺りの様子を伺いつつ徒歩で向かいます。周辺は多くの中国人が住んでいるエリアのようで、漢字名の看板のお店がいくつも並んでいました。
◆ST310の様子
10分ほどでお店に到着しました。店内が暗かったので、お昼休みの閉店中かと思ったのですが、店員さんの姿があり営業していました。お客さんは1組居るだけでした。中国人の店員さんが出てくると思っていたのですが、普通にカンボジアの方でした。
◆お店の外観
◆お店の中
メニューには麺料理をはじめとして、小籠包や餃子などもあります。いずれもリーズナブルな値段で、今回頼んだ牛肉麺と野菜餃子が合わせて4.75ドルでした。英語があまり通じなかったのですが、指差しで何とかコミュニケーションが取れました。店員さんの対応は基本的には親切です。また、こちらでは暖かいお茶を出して頂けました。
牛肉麺は、スープはうす味は私の好みに合いました。麺は可もなく不可もなく普通だったような記憶があります。野菜餃子の方は、一人で食べるにはちょっと量が多かったのですが、ヘルシーで食べ易かったので何とか完食できました。
◆牛肉麺
◆野菜餃子
食事をしていると、スコールのような土砂降りになりました。ただし、15分ぐらいすると小雨になったので、外に出てGrabでホテルに戻りました。













































































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