中国河南省と山西省の史跡を巡る2 高速鉄道で安陽へ、中国文字博物館

2025年9月7日(日) 2日目

ホテルの朝食について

昨晩は22時過ぎには就寝し、一回も目が覚めることなく朝まで爆睡、起きると6時半を過ぎていました。昨日は早朝から夜まで移動に次ぐ移動、さらに若干観光もしたので、大分疲れていたようです。とは言うものの、日本から鄭州のフライトは3時間半程度、時差も1時間なので、ヨーロッパやアメリカ旅行の過酷さとは比べ物になりません。この年になると、もう10時間を超えるフライトは耐えられる気がしません。

着替えなどをしていると7時を過ぎたので、1階の朝食会場に移動しました。会場は広くはないものの、内装は欧米を感じさせるスタイリッシュな雰囲気で、テーブルなどの家具もこれに合わせており、中国っぽさが全くありません。まだ先客は誰もおらず、女性のスタッフが1人、できたばかりの料理を並べているところでした。部屋番号を伝えてビュッフェ形式の朝食を頂きます。

◆朝食会場

yibanwan hotel zhengzhu 1st restaurant

メニューは中華料理がメインで、品数は若干少なく感じましたが、必要なものは揃っていました。1泊だけ利用する分には良く、連泊すると飽きてしまうかもしれません。これに加えて、地元の名物料理と思われるスープがありました。

主食の揚げパンやマントウは、至ってベーシックなものでしたが、加熱されており美味しく頂けました。一番印象に残っているのがスープで、八角がふんだんに使われた非常に濃厚なスープで、とにかく辛く、舌をヒリヒリさせながら頂きました。辛い食べ物は得意でないのですが、料理自体良く出来ていたので、何だかんだ完食できました。

◆朝食

高速鉄道で安陽へ

■9:20 チェックアウト

鄭州の滞在は早々に終わり、ここから約170km北にある同じ河南省の安陽に向かいます。移動には高速鉄道(以下高鉄)を利用しました。まずは地下鉄1号線を利用して鄭州東駅に移動します。日曜日の朝なので、通勤ラッシュに巻き込まれることは無く、列車内は比較的空いており座ることができました。ちなみに、鄭州には高鉄が停車する大きな駅が2つあり、1つが二七広場近くの鄭州駅、もう1つが鄭州東駅です。多くの高鉄は鄭州東駅から利用することになりますが、行き先や時間帯により鄭州駅となる場合もあるようです。鄭州東駅には約30分で到着しました。

地下鉄から高鉄のターミナルへの移動は、一見簡単なようで、駅によっては分かりずらい場合もあって、実際何回か迷いました。日本の新幹線駅と同じように考えると痛い目に遭います。鄭州東駅は分かりやすくなっていました。共通しているのは、概ねどこの駅でも、1回ちゃんと外に出て(地上階)、改めて高鉄のターミナルに入る構造になっています。地下鉄の出口から高鉄の入口まで最短距離で直結されている駅はほとんどありません(上海虹橋駅ぐらい?)。これは、ターミナルの入口にはセキュリティチェック専用のスペースを設ける必要があるからだと思います。

陸上交通の節点となっている鄭州東駅は、中国国内でも最大規模のターミナル駅ですが、同じような巨大な駅舎を何度か見て来たので驚かなくなってきました。惜しむらくは、ヨーロッパの駅舎のように駅毎の独自性がなく、どのターミナルもほぼ同じ無機質なデザインとなっていて面白味がないことです。

■10:00 鄭州東駅到着

◆鄭州東駅

zhangzhoudong railway station exterior

入口は混雑しておらず、パスポートチェック、セキュリティはスムーズに通過できました。広大な待合室には列車を待つ大勢のお客さんが座っています。今回は、11時2分発のG56便を事前に予約しておきました。この便の始発は西安北、終点は北京西で、鄭州東駅を出発後は途中の駅での停車が無く、所要時間36分で安陽東駅に到着します。

■10:50 改札

改札前は大勢の乗客が並んでいました。外国人の私は有人のレーンに並びましたが、珍しく欧米からの外国人男性の姿がありました。この男性、乗る便を間違えたようで、改札のパスポートチェックでエラーが発生していました。スタッフが説明していましたが、言葉が全く通じないようで困惑しており、近くにいた英語が話せる中国人の方が助けていました。一部始終を横目に、私の方は無事改札を通過しました。プラットフォームに降りていくと、列車は既に停車しており、予約した車両を探します。

■11:02 鄭州東駅出発

車内は満席で、入口付近には立席の乗客もありました。外国人の姿もあります。私が座った座席付近は、皆さん人民解放軍と思われる一団で、若者男性ばかりで全員丸坊主です。正直、軍の関係者にはあまり関わりたくなかったので、若干緊張しながら座っていました。

列車は鄭州を出発後間もなく、黄河を渡ります。黄河を見るのは初めてだったので、この便に乗るのが少し楽しみでした。「黄河」という名前の由来は、黄土高原の土砂が崩れ落ち、水が黄色に濁ることから来ているのですが、この日の黄河も、絶賛黄色に濁っていました。なお、列車のスピードが速すぎたため、黄河を撮影した写真はいずれもピンボケとなってしまったので、載せることはできません。黄河という言葉、個人的には中国語の発音が美しくて好きなんですが、見た目の汚さとの落差が面白い所です。黄河を渡った後は、中原という言葉の由来となっている広大な平原が広がります。これだけ人口が多い地域にも関わらず、途中の新郷東駅や鶴壁東駅の周辺以外は、人口密度の低い原野や畑ばかりの景観が続き、中国の国土がいかに広いのかが実感できました。

■11:38 安陽東駅到着

昨日、天気予報を確認すると、安陽の周辺だけ温度がひと際高く、35℃前後と予想されていたのですが、列車から外に出ると、予報通りの大変な暑さでした。暑さ自体も嫌なんですが、これによってスマートフォンが熱暴走等で壊れたりすると致命的なので、できるだけ使用を控えるように注意しました。プラットフォームはやたらと長く、1階に降りる階段までかなりの距離を歩く必要がありました。後述する通り、この時は安陽の人口規模を完全に見誤っていたので、地方駅にしては規模が大きすぎると不思議に思っていました。だだっ広い通路を歩き、出口の改札でパスポートのチェックを終え外に出ます。

安陽での滞在は1泊のみで時間に余裕がないため、駅からホテルへの移動はタクシーを利用しました。今回、初めて配車アプリ「DiDi(滴滴)」を使って、タクシーを呼ぶ想定でいました。ただ、空港や大きな鉄道駅で配車アプリを使う場合、タクシーと合流するのが思った以上に難しいことを経験済みなので、一抹の不安があったのですが、見事に的中してしまいます。まず、事前に、rednote(小紅書)で安陽東駅について調べ、配車アプリ専用の乗り場が設置されていることを把握していました。

改札を出ると、正面の看板の案内通り、「网约车」と書かれている地下1階に移動します。ところが、地下駐車場は想像以上に広く、通常のタクシー乗り場は簡単に見つかったのですが、肝心のDiDi専用の乗り場が見つかりません。若干暗いこともあって、視界も良くなく、あっちへ行ったりこっちへ行ったりと、乗り場を見つけるまで時間が掛かりました。

◆安陽東駅出口付近

angyangdong railway station exit

DiDi専用乗り場は、シンボルカラーであるオレンジ色の大きな看板が目印で、椅子も設置されていました。

◆DiDi(滴滴)専用乗り場

anyangdong railwaystation didi pickup point

次はアプリを起動して、配車の手続きです。事前にアリペイのミニプログラムをダウンロードして、最低限の設定はしておきました。操作は難しくなく、東南アジアの旅行で利用した配車アプリ「Grab」と同じで、ピックアップポイント(乗り場)と目的地を指定してから、利用する車両のランクを指定するだけです。ピックアップポイントには専用乗り場を明示的に指定し、すぐマッチングが完了したのですが、しばらくすると、ドライバーから電話が掛かってきてしまいました。これがDiDiの一番難しい所であり、ドライバーがピックアップポイントに行けなかったり、乗客を見つけることができないなどで問題があると、電話が掛かってきてしまいます。勿論、中国語なので、何を話しているのか分かりません。多分、ここには来れないと話している気がしましたが、後は何を話しているのかさっぱり分からず、私は地下にいるという中国語を話すので精いっぱいでした。一旦、電話が切れたのですが、この後どうしたらよいか分からず、周辺をウロウロしていると、1人の男性が歩いて近づいてきました。この男性はドライバーさんで、電話では埒が明かないので私を探しに来てくれたようです。翻訳アプリを通じて説明してもらったのですが、ドライバーさんは安陽東駅のブラックリストに載ってしまったので、地下駐車場には入れなかったようです。そう言えば、rednoteでも、そのようなケースがあり注意が必要と書いてあったことを思い出しました。ドライバーさんの後をついて、地上に上がり、タクシーを止めてある近くの通りまで歩きます。ここまで、大分時間をロスしており、暑い中歩き回ったので汗だくなりました。ここまで苦労するのであれば、多少高くてもタクシー乗り場で拾えば良かったと心底思いましたが、まあ時遅しです。

タクシーの中はエアコンが効いており大変快適でした。安陽東駅からホテルは約7.5km、料金は約8元(約160円)でした。聞いていた通り、中国のタクシー料金は安く、これだから皆さん、バスなどを使わず、気軽にタクシーを呼んで移動するのだと納得しました。

安陽東駅は、中心部から大分離れているのですが、ホテルに向かう道路は車線も多くて無駄に広く、周囲は高層マンションが立ち並び、思った以上に都会だったのが驚きでした。それもそのはずで、安陽市は、河南省の中では鄭州市に次ぐ大都市で、人口は500万人を誇ります。人口だけなら、山西省の省都である太原と同規模ですが、地下鉄が整備されていないこともあって、この時は人口50万人程度の地方都市だと勘違いしていました。

ジェームズ ジョイス コフィテルホテル(安陽中國文字博物館)

■12:20 ホテル到着

今日から1泊お世話になるのが「ジェームズ ジョイス コフィテルホテル(James Joyce Coffetel)」、中国名は「喆啡酒店」です。見慣れない漢字ですが、無理やりカタカナで読むと「ジャーフェイ」、文字数が全然違って笑えます。外資系かと思ったのですが、中国ブランドのチェーン展開しているホテルでした。ホテルとカフェ文化の融合という独自のコンセプトを追求した世界初のホテルと紹介されていました。建物は、レストランやスーパーなどが集まる商業ビル群の一角を占め、建物前の駐車場は車両の出入りが激しく、1日中賑やかな場所になっていました。

安陽は殷墟博物館や文字博物館といった観光施設が中心部から離れた場所に点在しており、どの場所のホテルを選んでも、結局バスやタクシーなどによる移動が必要となります。私の場合、中心部に近いホテルにする特別な動機も無く、文字博物館から徒歩圏内にあったこちらのホテルを予約させてもらいました。ホテルの周辺には多くのレストランやスーパー、コンビニがあるため、この辺だけで全て完結できる立地です。

◆ホテル外観

zhefei hotel wenzi museum exterior

ホテル1階のフロント前のスペースは、ヨーロピアンスタイルのお洒落なカフェとなっており、こちらでホテルオリジナルのコーヒーが頂けるようです。

◆ホテル1階のカフェスペース

zhefei hotel wenzi museum 1st cafe

建物自体は古いようで、エレベーターや廊下などの共有スペースは若干疲れた感じが出ていました。予約したのはダブルルーム、1泊朝食付き(2名分)で約5,300円です。部屋は広く、アーティスティックな香りのするお洒落な内装でした。家具を木製に統一するなど随所にこだわりが見られます。

◆ダブルルーム

zhefei hotel wenzi museum double room bed

洗面所がバスルームから独立して外出しになっていて、こちらから見えている絵画の向こう側が鏡になっています。

◆シンク付近

zhefei hotel wenzi museum sink

トイレとシャワールームは別室になっていたのも個人的にはありがたかったです。

◆シャワールーム

zhefei hotel wenzi museum bath

設備面は、湯沸かしポットがあり、冷蔵庫はありませんでした。アメニティは一通り揃っており、1つ1つのデザインが凝っていたのも印象的です。また、このホテルならではのサービスとして、ホテルオリジナルのドリップコーヒーが置いてありました。さらに、1階のカフェでコーヒーが1杯無料で頂けるサービス券もありました。

安陽について

安陽市は、河南省の最北端、山西省と河北省と接する位置にあります。日本における知名度はあまり高くありませんが、中国の歴史を知る上では大変重要な土地で、大規模な宮殿や住居の後、大量の甲骨や青銅器が出土したことから、中国最古の王朝「殷」の都が実在したことが確認されています。これらの遺跡は「殷墟」と呼ばれ、現在は多くの考古学・歴史愛好者の惹きつける屈指の観光施設として整備されています。具体的には、「殷墟博物館」、「殷墟宮殿宗廟遺址」、「殷墟王陵遺址」といった施設があり、中国国内でも唯一文字を専門とした「文字博物館」があります。ちなみに、史書によると、殷の前には夏という王朝があったという記述があり、これを裏付ける考古学上の発見もあるのですが、これを国家の発生と認めるかどうかで意見が分かれているようです。なお、中国では「殷」を「商」と呼ぶのが一般的です。

その他の観光名所としては、三国志でお馴染みの「曹操」のお墓である「曹操高陵」や、清朝末期の軍閥政治家「袁世凱」の墓所「袁林」などの見どころもあり、時間を掛けてゆっくり観光する価値のある都市ですが、スケジュールの都合上、1泊のみの滞在となります。

中国文字博物館

徒歩で博物館に移動

ホテルで休憩後、早速観光に出かけます。まずは、近くにある「中国文字博物館(以下文字博物館)」へ向かいます。外は30℃を余裕で越えており、かなりの暑さを感じましたが、博物館へは歩いて移動しました。この辺りは、比較的新しく開発されたエリアのようで、道路は車線が多くて広く、碁盤の目のように整然と整備されているのが印象的でした。道路沿いにはマンションが立ち並ぶ、中国では見慣れた景観となっています。下の写真はホテル近くの「永繁街」と「永明路」が交わる交差点付近の様子ですが、横断歩道が長い上に、次々とやって来る電動バイクが目の前を横切り、渡るのにもひと苦労でした。

◆ホテル近くの景観

yongfanjie yongminlu intersection

約10分歩いて文字博物館に到着です。入口にある黄金に輝く巨大なモニュメントが印象的です。文字博物館は、中国国内でも唯一の文字を専門とした第一級博物館で、大変ユニークな展示が特徴です。多くの甲骨が発掘された安陽ならではの博物館です。

◆文字博物館入口

wenzi museum entrance far

モニュメントは近くで見ると本当に大きく圧巻です。こちらの形状、古代文字(甲骨文字?)の「字」を表しており、表面には無数のレリーフが刻まれています。

◆モニュメント

wenzi museum entrance near

博物館は3つの建物から構成されており、正面に見えるのが本館の「宣文館」、宣文館の背後に「博物館」と「徽文館」の2つがあります。このうち、宣文館と徽文館が無料、博物館が有料で公開されています。これら3つの建物は上空から見ると逆三角形の位置関係となっていますが、漢字の「合」を想起する配置となっており、これは漢民族の伝統的な理念である「人と自然の調和」を表しているそうです。建物は殷王朝の宮殿の「四層」建築をモチーフとしており、荘厳な黄金の屋根と、これに刻まれた無数のレリーフが特徴です。

◆宣文館

wenzi museum xuanwenguan front far

事前の予約無しで入場する方法

宣文館と徽文館は事前の予約が必要ですが、2点理由があって断念しました。

まず、チョコsimによるインターネット接続では、予約サイトを表示することができませんでした。ホテルのWi-Fi経由だと問題なく表示できたので、中国国内の純粋なネットワーク接続以外はブロックされるように見受けられました。これに、前回の投稿でも書いた通り、WeChatの一部機能が使えなくなってしまったことが加わります。一応、Webページの予約サイトもあったのですが、ネットワーク接続の問題があり、状況が難しくなるのが嫌だったので断念しました。

下調べの段階で、パスポートの提示のみで入場できたという情報もあったので、予約が無いまま入口まで行き、ゲートの脇にいたスタッフに聞いたところ、NGと言われてしまいました。WeChatが使えないと説明したところ、建物の後ろの方を指さして、チケットを発券して下さいと指示されました。もう少し何か具体的なことを話していたのですが、良く分からなかったので、ひとまず建物の後ろに行ってみました。残念ながら、建物の裏に回っても何も見当たらなかったので、今度は出口にいたスタッフに聞いたところ、徽文館の建物を指さして、あちらへ行ってチケットを発券して下さいと言われました。どうやら、最初のスタッフは宣文館の後ろにある徽文館の方に行けと言っていたのだと分かりました。

先述した通り、宣文館の背後、右方向には「徽文館」が見えました。左方向には「博文館」もあります。

◆徽文館

wenzi museum huiwenguan front

◆博物館

wenzi museum bowenguran far

まず正解から言うと、徽文館の入口手前の左手にサービスセンターがあり、ここでパスポートを提示してQRコードが付いたチケットを受け取る必要がありました。

◆サービスセンター

wenzi museum huiwenguan servie center

私の場合ですが、このサービスセンターが建物正面からは絶妙に見えない位置にあり、見つけることができずそのまま徽文館に入ってしまいました。建物の中は入場ゲートがあるだけで、チケットが発券できそうな場所は見当たらず、仕方ないのでゲートの傍に居るスタッフに話したところ、こちらはパスポートの提示のみで入場できてしまいました。本当は宣文館と同様にNGだと思うのですが、この辺の対応した人によるバラツキ、良い意味でのゆるさが中国らしくて好きなところでもあります。とは言え、宣文館に入れない事実は変わらないので、館内を見学をしながら歩き回っていたところ、1階の奥に、別のサービスセンターがあったので、こちらのスタッフに同じ説明をしたところ、先ほど気づかなかった入口近くのサービスセンターに連れて行ってくれて、ようやくチケットを入手することができました。QRコードによる入場は簡単で良いのですが味気が無く、上等なデザインが施された紙のチケットが手元に残る方が嬉しいものがあります。久しぶりに海外旅行らしい嵌り方をして、大きな謎が解けたような満足感で一杯となり、半面、散々歩き回って、時間もかなりロスしてしまいました。

◆入場チケット

wenzi museum ticket del

宣文館

実際は、徽文館を先に見学したのですが、本投稿では本館である宣文館から記載します。

入口のゲートでは、入場したチケットのQRコードをかざして無事通過できました。そのまま、セキュリティにて荷物検査を受けます。中央は吹き抜けとなっており、天井まで伸びる巨大な石板には様々な文字が刻まれていました。これが東西南北の4面にそれぞれ掛けられており、大変見応えがあります。

◆中央の吹き抜け

wenzi museum xuanwenguan 1st center

宣文館では、甲骨文字や青銅器の展示があり、文字(漢字)が発展してきた過程を体系的に紹介しています。

2階に上がると、まずは甲骨の展示から始まりました。

◆甲骨

wenzi museum xuanwenguan 2nd oracle bones1

殷(商)王朝から西周、戦国時代に作成された青銅器なども展示されていました。

◆息鼎(商王朝)

wenzi museum xuanwenguan 2nd xiding

◆贾伯壶(西周)

wenzi museum xuanwenguan 2nd jiabohu

◆下官共作鼎(戦国)

wenzi museum xuanwenguan 2nd xiaguangonzuoding

戦国時代、斉、燕、晋、楚、秦の5つの主要な文字体系がありましたが、戦国時代の中期から後期にかけて、戦国時代を制した秦によって文字の標準化が行われました。漢代になると、実用性と書き易さを目的として、隷書が小篆に取って代わり、400年掛けて、草書、楷書、行書へと変化を遂げました。

◆戦国時代における文字の統一(「馬」を例としています)

wenzi museum xuanwenguan 2nd warring states period unification of the script

◆拓片

wenzi museum xuanwenguan 2nd tapian

3階には、紙の製法や印刷技術についての説明、突厥や契丹、満州などの漢字以外の文字の紹介などがありました。

◆印刷技術の変遷

wenzi museum xuanwenguan 2nd printing technology

◆突厥文字

wenzi museum xuanwenguan 3rd tirkic

◆契丹文字

wenzi museum xuanwenguan 3rd khitanese

◆満州文字

wenzi museum xuanwenguan 3rd manchu

徽文館

徽文館では、歴代王朝の石碑や書道など、文字の発展史における、重点なポイントを厳選して深堀しています。

◆禹王碑

wenzi museum huiwenguan wuwangstone

◆書道

wenzi museum huiwenguan shufa

◆書籍

wenzi museum huiwenguan books

宣文館と徽文館を合わせて約1時間見学しました。宣文館はかなり見応えのある展示が多く、オーディオガイドを聞きながらゆっくり見学すれば、2~3時間は必要は掛かります。なお、最後の博文館は特別展が開催されており、インタラクティブな体験ができるようですが、今回見学しなかったため詳しい内容は不明です。

天寧寺(文峰塔)と北大街(鐘楼)

博物館を出た後は、安陽市の中心部に向かい、天寧寺や北大街などの見どころを軽く見学しました。中心部への移動にはDiDi(滴滴)使いました。安陽東駅での反省を踏まえ、博物館の入口付近で、見通しの良い合流し易そうな場所を見つけて、配車アプリから手続きをしたところ、今度は電話が掛かってくることもなくスムーズに合流できました。ドライバーは人の良さそうな年配男性で、乗車した際、何か話しかけられたのですが、良く分からず私は外国人ですと返すのが精いっぱいでした。実はこの時、乗車するタイミングで、こちらの電話番号の末尾4桁の数字を伝える必要がありました。乗客が予約者で間違いないかを確認するためです。恐らくドライバーさんはこの4桁の数字を確認したかったのだと思います。まあ、通りに立っていたのは私しかおらず、間違えようが無かったこともあり、これ以上は何も聞かれませんでした。文字博物館から中心部は約6km、15分ほどで天寧寺の南側の通りで停めてもらいました。料金は約10元(約210円)でした。

■15:40 天寧寺到着

天寧寺(天宁寺)の歴史は古く、隋の文帝の時代(601年)に建立が始まり、以後拡張され、後周の952年に完成しました。

◆天寧寺入口

anyang tianningsi entrance

安陽のランドマーク的な建築物が、境内に立っている「文峰塔」です。元々は「天寧寺塔」と呼ばれていましたが、清代に入ってから改名されました。高さは38.65m、レンガと木材で造られた八角形の五層構造となっています。上部が大きく、下部が小さい傘のような大変珍しい形状をしてします。一番の目当てだった文峰塔が外から見れて満足したので、境内には入らず写真だけ撮って後にします。

◆文峰塔

anyang tianningsi wenfengta front

anyang tianningsi wenfengta far

天寧寺の北側にある、「文峰北街」を東にしばらく進むと、安陽一番の繁華街である「北大街」となります。

◆文峰北街

anyang wenfengbeijie

南側から入ると、遠くに「鐘楼」が見えました。夜になると大変賑わう人気の観光スポットですが、この時間帯は人影はまばらで、多くの屋台は準備中となっていました。

◆北大街(南側)

anyang beidajie south

この辺りは、安陽古城もしくは彰德府城と呼ばれる長い歴史のあるエリアで、北大街の中ほどにある鐘楼は明代(1488~1505年)に建立されました。1938年の日中戦争により破壊されてしまい、現在立っているのは1988年に再建されたものです。

◆鐘楼

anyang beidajie zhonglou front

◆北大街(北側)

anyang beidajie north

鐘楼からさらに北に向かって歩き、大通りの「解放大道」に出たところで、DiDiでタクシーを呼んでホテルに戻りました。この時は、乗車した際、少し感じの悪いドライバーさんから再三何か言われて、ようやく携帯番号の末尾4桁を伝える必要があることが分かりました。車両や人通りの多い場所だったので、間違いがないか確認したかったのだと思います。乗車後、約10分でホテルに到着、料金は約10元(約210円)と相変わらずの安さでした。

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