2023年9月28日(木) 5日目
ツアーについて
今日は日帰りの「古代ホレズム王国カラ巡りツアー」に参加しました。このツアーでは、ウルゲンチの北を流れるアム川(アムダリア川)を越えた先、カラカルパクスタン共和国南部のキジルクム砂漠にある3つの遺跡「アヤズカラ」、「キジルカラ」、「トプラクカラ」を回ります。カラカルパクスタン共和国はウズベキスタン共和国の一部を構成している自治共和国です。
今回は「Islambek Travel」さんのツアーを利用しました。Islambek Travelさんは現地の旅行会社で、イチャン・カラのHotel(Hotel Islambek)も経営しています。ネット上で中央アジアの旅行会社を調べると「Advantour」さんなどが出てきますが、カラ巡りの料金は140ドル前後が相場です(2名参加の場合)。これに対して、Islambeck Travelさんだと20~40ドルという大変リーズナブルな料金設定です。当初、140ドルのツアーを事前に申し込むぐらいなら、イチャン・カラに着いてからもっと安いツアーを探すかタクシーを1日チャーターするのもありだと考えていたのですが、たまたま観ていたYoutubeでIslambek Travelさんを知り、日本人でも利用している人がおり、特に問題なさそうだったので申し込んでしまいました。
3週間前に39ドルのプライベートツアー(個人)を申し込んで準備は済ませていたのですが、ツアー前日にマネージャーさんからメールがあり、当日は他にも参加希望者がいるので、グループツアーの参加も可能という連絡を頂きました。この場合、20ドルになるとのことで、私も特にこだわりがなかったのでグループツアーに変更してもらいました。
当日は、朝8時45分に「Hotel Islambeck」前に集合です。私が宿泊しているホテルから徒歩10分の距離です。ここで初めてメールをやり取りしていたマネージャーさんと対面しましたが、愛想の良い若い男性でした。簡単に説明を受け、ツアー案内のパンフレットとミネラルウォーターを頂きます。
◆Hotel Islambek
ツアーの参加者は私を入れて5名でした。全員男性で、年齢は若い人で30代、60代ぐらいの年配の方もいて、出身国もイギリス、ベルギー、イタリア、スペインとバラバラでした。そのうち2人はHotel Islambekさんの利用者で、こちらに来てからツアーに申し込んだそうです。
◆ワゴン
■8:55 ホテル出発
9時少し前に最初の目的地「キジルカラ」に向けて出発です。約90kmの道のりです。ツアーに参加した方々と簡単な自己紹介をして、各々談笑しながら向かいます。相変わらず私の英語が一番拙く、会話についていくのに精一杯でしたw
■9:50 アム川通過
今回ツアーに参加した理由の一つが、ウルゲンチの北を流れるアム川を一目見たかったというのがあります。パミール高原に源を発して西進し、アラル海に注ぐアム川は、西トルキスタンの動脈であり、中・下流地域には無数のオアシスが成立して穀倉地帯を形成しました。アム川は、古名は「オクサス川」といい、アム川とシル川に挟まれた地域(現在のウズベキスタンの国土とほぼ重なる地域)は西方のラテン語文献においては「トランスオクシアナ(オクサス川の向こう側の意)」と呼ばれていたのは先述した通りです。
◆アム川
アム川を越えるとカラカルパクスタン共和国になります。検問の類はありませんでしたが、共和国の入口と思われる門をくぐりました(撮影できず)。共和国に入ると道路の舗装状況が一気に悪くなり、ガタガタ揺られながらのドライブとなりました。ワゴンタイプの車だったのでこの程度で済んだのですが、プライベートツアーで一番安いセダンタイプだったらもっと酷い揺れだったかもしれません。共和国内では、綿花畑が広がっていたのが印象に残っています。
◆カラカルパクスタン共和国にて
約1時間45分でキジルカラに到着です。
キジルカラ
■10:45 キジルカラ到着
キジルカラは1~4世紀頃に建てられました。その後、長い間放置されていましたが、12~13世紀のホレムズシャー国の時代に、モンゴル軍の襲撃に備えて立て直されています。城壁は同時のままなのか、復元したのか分かりませんが、3つのカラの中では一番整った外観でした。要塞は65m×63mとほぼ正方形で、3つのカラの中では一番小さい規模となります。「キジル」は「赤い」を意味するそうです。
◆キジルカラ
南側にある階段を上がって要塞に入りますが、特筆すべき痕跡はありませんでした。
キジルカラ周辺は、頭の中で想像していたような一面が砂漠という感じではなく、草木が生い茂っています。
トプラクカラ
■11:20 トプラクカラ到着
キジルカラから約5分でトプラクカラに到着です。
トプラクカラは1~3世紀に栄えたクシャーナ朝時代のもので、3世紀頃は首都でもありました。クシャーナ朝については不明な部分が多く諸説ありますが、中国の史書にも登場する遊牧民の「月氏」の流れをくむ勢力が建てたイラン系の王朝と言われています。
入口付近に小さい小屋があり、そこにいた女性が入場料を徴収していました。確か5,000スム(約60円)だったと記憶しています。
◆トプラクカラ
入口付近に要塞らしい城壁がありました。
遺跡は広大で500m×350m以上の面積となります。南側と北側に小高い丘があり、その間は住居と思しき痕跡が見えます。
遺跡からは水路と思われる跡が見えました。当時はアム川の支流からこの地まで水を引いていました。アム川は度々流路が変わり、その度に人々は拠点を移したそうです。
アクチャコル湖で休憩タイム
■12:05 アクチャコル湖到着
キジルカラ、トプラクカラに来る途中に「アクチャコル湖」という大きい湖があったのですが、ここで休憩タイムです。このツアー事前の説明が少なく、そもそも休憩があるかどうかも分からない状況だったのですが、ドライバーさんは特に何も話すこともなく、車を停めてさあどうぞという感じでした。この辺の緩さがいい感じですよねw
湖には、飲み物や軽食を提供するお店や、ユルタと呼ばれる移動式のキャンプがありました。
◆アクチャコル湖
◆ユルタ
アヤズカラ
■13:35 アヤズカラ到着
13時過ぎにアクチャコル湖を出発して、約30分車を走らせるとアヤズカラに到着です。こちらはいかにも砂漠の中の要塞という雰囲気が出ていました。
◆ユルタ
◆ラクダ
アヤズカラは3つの要塞から構成されており、ホレズムの北側の国境を守備するため4~7世紀にかけて建てられました。車を停めた場所から大分先に見えるのがアヤズカラ1で、どうやらあそこまで歩い行く必要があるそうです。歩道も整備されておらず、砂漠を歩いて向かいます。気温も大分高くなってきて、なかなかハードなツアーになってきました。
◆アヤズカラ1
丘の上は何もなく、四方を壁に囲まれた殺風景な景観でした。
丘の麓にあるのがアヤズカラ2です。アヤズカラ2のさらに先にある平野にアヤズカラ3が建てられたそうですが、ここからは視認できませんでした。
◆アヤズカラ2
アヤズカラでは約1時間程度滞在しました。これにてツアーの全工程は完了で、約2時間かけてイチャン・カラに戻りました。途中、ウルゲンチのホテルでベルギーの男性とお別れしました。



























コメント