2023年10月4日(水) 11日目
サマルカンド観光(2日目午前)
朝食ではサムサを頂く
朝食は昨日と同様の内容でしたが、追加で頂ける1品料理として目玉焼き、これに加えサムサと呼ばれるパイ包を頂きました。パイの中身はひき肉や玉葱が入った私好みの味で美味しかったです。
朝のカリモフ通りを歩く
サマルカンドの観光名所は広いエリアに点在しているため、1日で全部を歩いて回るのは厳しいというのが実感です。レギスタン広場から見て、南西のエリアと北東のエリアを2日に分けて観光するのが無難だと思います。
今日はレギスタン広場から見て北東のエリアを中心に観光したいと思います。その中でも一番のお目当ては「シャーヒズィンダ廟群」で、サマルカンドで一番美しい場所と言われており、青空の下での景観が大変素晴らしいと評判です。肝心の天気ですが、今日は曇り予報でしたが、朝の段階では青空が広がっていたのでこのタイミングで行くことにしました。ホテルからシャーヒズィンダ廟群までは直線距離だと1kmないのですが、カリモフ通りを使う無難なルートで移動したので、実際は約1.5km歩く必要がありました。
カリモフ通りの中ほどには、カフェやお土産屋さんに混じって、学校と思しき建物があるのですが、ちょうど登校のタイミングらしく、制服を着た子供たちの姿が目立ちました。ビビハニム・モスク前では、清掃作業をしている方々の姿が目立ちました。この方々のおかげで、ゴミ1つ落ちていない綺麗な空間を観光できているわけで、本当に感謝しかありません。
◆ビビハニム・モスク
昨日歩いたレギスタン通りの遊歩道と同様、カリモフ通りも緑豊かに手入れがされており、青空との調和も見事で歩いているだけでテンションが上がってきます。
◆カリモフ通り
シヨブバザールを過ぎた所にある陸橋を渡ると「ハズラティヒズル・モスク」が見えます。写真を見ると勾配になっているのが分かると思いますが、この道を進むと「アフラシャブの丘」となります。チンギス・ハーンが侵攻する前にサマルカンドの中心だった場所です。
◆ハズラティヒズル・モスク
モスク前の休憩スペースから見える景観は素晴らしく、遠くにはビビハニム・モスクが見えます。この距離でもひときわ存在感を放っており、あのモスクが如何に巨大か分かります。
◆ハズラティヒズル・モスク近くからの景観
アフシャラブの丘はひとまず後回しにして、先ほど渡った陸橋から東方向の遊歩道を進みます。約10分でシャーヒズィンダ廟群に到着です。
シャーヒズィンダ廟群
アフシャラブの丘の南麓にあるシャーヒズィンダ廟群は、9世紀~15世紀に建てられたティムールゆかりの人々が眠る霊廟群です。霊廟を含む20以上の建築物から構成され、サマルカンドの聖地でありウズベキスタン屈指の観光名所の一つです。
入口の門(ダウヴォザハナ)は、第4代君主ウルグ・ベクの命により建設されたものです。非常に大きな門ですが、門の前のスペースが狭くて、正面からだとカメラに収まりません。斜めからようやく全景が撮れました。
◆ダルヴォザハナ(1434~1435年)
門を抜けたところで、入場チケットを購入します(40,000スム≒約500円)。
通路を進むと「天国への階段」と呼ばれる階段があります。段数を数えながら登り、帰りに下った時も同じであれば天国へ行けるという言い伝えがあるそうです。事前にこの言い伝えは知っていたので、私も一応数えながら上り下りしました。
◆天国への階段
階段を登ったところにあるアーチをくぐると、左右に青色の霊廟が並ぶ回廊があるのですが、ここがシャーヒズィンダ群廟の中で抜群に美しいと言われている場所です。ガイドブックなどでおなじみの景観で、私も含め観光客の多くはこの景観を見るために、はるばる中央アジアまで来るのですw しかし、何と言うことか、私が行ったタイミングでは改修作業が行われていたようで、霊廟の前に足場が作られていました。これを見たときは非常に落胆しましたね。よりによってこの場所とは!予報に反して、空はまだ抜けるような晴天が続いていたたので、絶好のシャッターチャンスだっただけに本当に残念でした。まあ、巡り合わせが悪かったと諦めるしかありません。
◆青色の霊廟群
とりあえず、試行錯誤して青の霊廟と青空がセットで撮影できるポイントを探してみました。
足場の件は残念でしたが、それを差し引いても、期待以上の凄さでした。昨日のグーリ・アミール廟に続き、毎日素晴らしいもの拝見させて頂いています。以前、言及したブハラとの比較の話になりますが、街全体の雰囲気はブハラに軍配が上がるものの、このような圧倒的なインパクトのある建築物はなかったんですよね。サマルカンドに来た直後は、街全体の雰囲気が思った以上に近代的で肩透かしを食らった感じもあったのですが、時間が経つにつれて、やはりサマルカンドは凄いな、ティムール朝の都だっただけのことはあるなぁという実感が湧いてきました。
回廊の先頭部分には、左右2つずつ、鮮やかな青の霊廟が並ぶのですが、右手前にあるのが「トゥグルテキン廟」、その真向かい、左手前にあるのが「アミールゾダ廟」です。
◆トゥグルテキン廟(1375年)
◆アミールゾダ廟(1386年)
右奥にあるのは、ティムールの妹の廟である「シリンベク・アカ廟」です。こちらは、霊廟内部の装飾も見事です。
◆シリンベク・アカ廟(1385年)
シャーヒズィンダ廟群で最も美しいと言われているのが、左奥にある「シャーディムルク・アカ廟」で、ティムールが愛した姪を祀ったものです。霊廟内部は評判通りの見事さで、四方の壁から天井のドームまで至る所が、美しい青タイルの装飾が施されています。この時間帯は観光客が少なくて、ゆっくり見学できたのが幸いです。
◆シャーディムルク・アカ廟(1372年)
順番は逆になってしまうのですが、振り返って「天国への階段」途中の脇にあるのが、2つのドームから成る「コシュ・グンバズ廟」です。第4代君主ウルグ・ベクの天文学の先生カズィ・ザデ・ルミの廟とされています。
◆コシュ・グンバズ廟(15世紀)
回廊を進むと、右側が開けた場所に出ます。かつて霊廟が建っていたため土台だけが残っています。この辺りの景観も良くて、ついつい見入ってしまうんですよね。回廊部分は特にそうでしたが、これぞ「青の都」という景観が目白押しで、とにもかくにも天気が良くて本当に幸いでした。
◆シャーヒズィンダ廟群の中央部
◆ウスト・アリ・ネセフィ廟(1360~70年)
◆シャーヒズィンダ廟群中央部-北側の景観
◆シャーヒズィンダ廟群中央部-南側の景観
さらに進むと最後のアーチがあり、これをくぐると最奥部に到達です。こちらも3つの青の霊廟に囲まれた素晴らしい景観で、何というか、シルクロードというよりは、SF映画の一場面にあるような、どこか遠い宇宙の彼方の異空間に降り立ったような印象を受けました。
向かって左が「トゥマン・アカ廟」、正面奥が「フジャ・アフマッド廟」、右が無名の廟ですがティムールの妻の廟と言われています。
◆シャーヒズィンダ廟群最奥部
トゥマン・アカ廟はティムールお気に入りの妃の廟だそうで、霊廟内部も豪華でした。
◆トゥマン・アカ廟
◆無名の廟
ウルグ・ベク天文台
午前の残りは、アフラシャブの丘周辺の見所を回りました。まず向かったのは「ウルグ・ベク天文台」です。シャーヒズィンダ廟群から東北に約2.5kmの場所にあるので、さすがにYandex Goでタクシーを呼ぶことを考えましたが、良い物を見せてもらった後でテンションが上がっていたこともあり、そのままの勢いで徒歩で行くことを選択してしまいました。シャーヒズィンダ廟群前の大通り(シャーヒズィンダ通り)をひたすら歩きます。途中、左手にはアフシャラブの丘が見えたものの、ここからは岩と砂の荒涼とした景観しか見えませんでした。まあ、それ故にチンギス・ハーンが破壊しまくった場所なんだなぁという実感も強まりましたね。天文台が建てられた場所だけあって、近づくにつれて勾配もきつくなり、改めて徒歩は失敗だったなぁと感じながらも、しんどかったがゆえに記憶には刻み込まれましたw タクシーとかであっさり移動しちゃうと頭に何も残らないんですよね。約40分歩いて、ようやくウルグ・ベク天文台に到着です。
◆アフラシャブの丘
駐車場の先にある、横幅のある階段を登ると、途中に広場のようなスペースがあり、中央にはウルグ・ベクの銅像が置かれていました。これまでも何度か登場した第4代君主ウルグ・ベクの銅像であり、この天文台は彼により建てられました。ティムールの孫に当たる彼ですが、開明的な統治者だっただけでなく、彼自身が優れた天文学者・数学者・文人でした。
◆ウルグ・ベクの銅像
天文台の周辺は、緑豊かに手入れが行き届いています。
◆天文台に続く階段
階段を登った丘の頂上のスペースに天文台の一部、天文台の基礎と六分儀の地下部分のみが残っています。当時は半径46m、高さ60mの建築物に取り囲まれていたそうです。また、望遠鏡もない時代に非常に正確な観測が行われていたようです
◆ウルグ・ベク天文台
天文台跡の向かいには博物館があり、復元模型やウルグ・ベクの功績などを展示していました。
◆ウルグ・ベク天文台博物館
アフラシャブ博物館
天文台からの帰りは、来た道であるシャーヒズィンダ通りではなく、途中からアフラシャブの丘の中を通るタシケント通を歩いて戻りました。途中、「ダニエル廟」という観光名所があるのですが、見に行く気力が湧かずパスしました。その先にある「アフラシャブ博物館」だけ寄り道します。
◆ダニエル廟近くの景観
◆博物館近く
◆荒涼とした景観
◆キャラバン隊の銅像
◆博物館入口
◆ジオラマ模型
この博物館の見所は、中央のスペースに展示されている壁画となります。
◆壁画
◆アレキサンダー大王
◆発掘品の数々
博物館からホテルまでは約2km歩く必要がありました。朝から考えると、かれこれ10km近くは歩いているので、さすがに疲れました。
サマルカンド観光(2日目午後)
レギスタン広場
15時過ぎまでホテルで昼寝したりのんびりしていたのですが、大分元気になったので、レギスタン広場に行ってみることにしました。本当は明日の午前中に行く予定だったのですが、行く元気があるうちに行っておこうという感じです。今回は広場に入場して、3つのメドレセを見学したいと思います。
入場料は50,000スム(約600)でした。入口を入ったところで、スタッフの方に呼び止められてしまい、何だかんだで音声ガイドをレンタルする流れになってしまいました(50,000スム)。普段の調子であれば断るのですが、頭がまだ半分寝ていたような状態だったので、判断力が落ちていたんだと思います。極めつけは、この音声ガイドがイマイチ使い物にならなくて、機械自体の動作が若干おかしくて全内容を聞くことができませんでした。
レギスタンは「砂地」を意味します。かつて、この場所には川が流れていたため、砂と泥の沖積土で覆われていました。ティムールの時代になると、ハンからの勅令を伝えたり、出征する兵隊を集めたり、公開処刑や祝賀など、様々な用途で使われました。サマルカンドの6つの大通りが広場に繋がっていたため、この辺りは商業の中心となります。
第4代君主ウルグ・ベクの時代になると、広場は宗教的な中心地となり、メドレセとハナカが建てられました。メドレセは後に、ウルグ・ベク・メドレセと名付けられます。広場が現在の外観になるのは、17世紀のシャイバニ朝の時代で、広場の東側にシェルドル・メドレセ、正面北側にティラカリ・メドレセが建造されました。
ウルグ・ベク・メドレセ
まずは広場の西側にある「ウルグ・ベク・メドレセ」から見て行きます。この時間帯だと逆光気味で上手くカメラに収めることができませんでした。肉眼で見ると、建物の装飾が見事でついつい見入ってしまうのですが、上手く伝わりませんね。
◆ウルグ・ベク・メドレセ
メドレセ入口の装飾が特に素晴らしいと思いました。
中に入ると、中庭周辺はお土産屋さんがありました。建物の一部は、博物館になっておりサマルカンドの歴史やウルグ・ベクに関する資料などが展示されていました。
◆中庭
◆博物館
ティラカリ・メドレセ
このメドレセの外観の特徴は美しい青色のドームでしょうか。ほかの二つのメドレセとは外観を異にしており、これ故に広場に安定した調和をもたらしています。青空との調和も素晴らしく、この時間帯になっても晴天が続いていたのが幸いでした。
◆ティラカリ・メドレセ
青色のドームの中は、礼拝所になっており、黄金に覆われた素晴らしい装飾が施されています。ティラカリ・メドレセの「ティラカリ」とは「金箔された」という意味で、その名の通り眩いばかりの緊迫で覆われているのが分かります。
◆中庭
◆礼拝堂
シェルドル・メドレセ
このメドレセの特徴は、アーチの上部の模様です。シェルドル・メドレセの「シェルドル」はライオンを意味することから分かる通り、小鹿を追うライオンが人面を帯びた日輪を背に描かれています。イスラム教は偶像崇拝を否定しているため、このように人や動物の姿をモチーフにするのはタブーとされていますが、あえて禁を犯したのは支配者が自分の権力を誇示するためのものだと伝えられています。
◆シェルドル・メドレセ
レギスタン広場のライトアップ・ショー
明日は午後からタシケントに移動するため、今晩がレギスタン広場のライトアップ・ショーを見れる最後のチャンスです。20時を過ぎた頃に行ってみました。今晩も広場は大勢の観光客で賑わっています。しばらく待つこと30分、ライトアップ・ショーが始まりました。
ウズベキスタンの音楽と思われる軽快なメロディーに合わせて、様々な色の組み合わせのライトアップがされました。
◆ライトアップ・ショー
音楽は何曲も続いていたのですが、その中で特に中央アジア感のある音楽が流れると、どこからともなく踊りだす観光客の一団もいましたw 大変印象に残った音楽だったので、後で調べたところウズベキスタンの歌手「Nasiba Abdullaeva」さんが歌う「Samalkand(サマルカンド)」という曲でした。一応、youtubeで見つかったのでリンクを載せときます。
Youtubeのリンク ⇒ Nasiba Abdullaeva -「 Samarqand」
◆踊りだす人達
個人的には青や緑のライトアップが印象に残りました。















































































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